これからのこと

ふがいない院生は空を見た

バイトいやいや月間②

 

3/6 (月)

 

8時に起床。バイトに行きたくなさすぎて悶える。そのうち二度寝

授業は16:50から。前日の夜に予習済みだったが、いちおうもう一度だけ確認して15時半に出社する。

「私、うみやと申しますが」「ああ、お待ちしていました」

月火はふだんとは別の校舎にヘルプとして行くことになっている。さっそく本日の授業範囲の確認。確認も何も範囲は本社が決めるカリキュラムに沿っているはずなんだけど、この前のような例もあるので念のため。

「先生は理系はできますか?」と聞かれる。この時点で嫌な予感ぷんぷん。

聞くと、講師の一人が急に来られなくなったらしい。もともと小○国×2、中○英、中○国の予定だったが、講師不足のため急遽小○国&小論文、中○英、中○英が割り当てられる。社員の方は「本当にどたばたしててすみません」と平身低頭だ。見たところまだ若い。たぶんぼくとそう変わらないんじゃないだろうか。大変だなあ、と思う。

例によって予習が無駄になり、しかも授業が始まるまでの1時間で小○小論文と中○英の予習をしなければならなくなったが、もはや慣れつつある。

 

いざ授業が始まったら始まったで、慌てて予習した範囲さえも間違っていたことが判明したり (講師間の連絡不足)、生徒がみんなテキストを持って来ていなかったりしたが (生徒への連絡不足)、臨機応変にどうにか乗り越える。ほかにもぼくが渡されていたテキストが古くて生徒の持っているのと違っていたり出席簿が紛失していたりしたが、なんとかなった。生徒数はふだんの校舎の3倍くらい多かったが、ほとんどの生徒がけじめがついていて、授業はずっとやりやすかった。この前塾長から言われたことを受けてこれまでよりじゃっかん厳しめに振る舞ったのも奏功したのかもしれない。

 

21:30にすべての授業を終える。22時過ぎに退社。

今回は労働時間も長くいつも以上にどたばたしていてすごく疲れたが、心理的なストレスはふだんよりも少なかった。今日ヘルプでほかの校舎に行ってみてわかったけど、うちの校舎はかなりきちんとしている。褒められていいレベルだと思う (まあ、校舎の規模が小さいから成り立ってるんだろうけど)。そしてそれが故、適当なぼくとはあわない。いや、どたばたはないほうがいいんだけどさ。でも、なんていうか、職場の雰囲気としてはこっちの校舎のほうがずっとあってそうだ。ま、一日働いたくらいで決めるのも早計だけどさ。

明日もここの校舎で授業。予習は明日 (もう今日) します。

 

ものすごく珍しいことに、なぜだか無性にミスチルが聴きたくなって、だからこの文章は1992-1995を聴きながら書いていた。「Tomorrow never knows」とか聴くのいつぶりだろう、と思ったけどよくよく考えたら先月聴いたばかりだった。友人のコージはミスチルとサザンが大好きなのだ。

ミスチルとかサザンはいつ聴いても懐かしいからいいなあと思った。

 

バイトいやいや月間はまだまだ続く。

 

バイトいやいや月間①

 

3/4 (土)

 

18:30から授業。16時前から予習をし、17時半に家を出て18時に出社する。

「こんにちは」「はい、こんにちは」

デスクには塾長しかいない。時間割で見る限り、どうも土曜日はぼくと塾長の二人きりのようだ。クラスを担当するもう一人の先生から伝えられていた本日実施分の漢字テスト&単語テストをプリントし、いちおう板書案を確認する。

冷や汗が止まらない。

以前ぼくが渡されていた板書案と範囲が違う。前回ぼくがその板書案を渡された時はまだ今月分の板書案が回ってきていなかったため、とりあえず去年ので間に合わせていたのがずれてしまっていたらしい。これから小○理科、中○国英、中○英と3時間ぶっつづけで授業するのだが、理科を除いて全て板書案がずれていた。板書案がずれていたということは、授業でやる範囲がずれていたということである。家でしてきた予習はなんだったんだ。ふざけんな。……もう時間もない。とりあえず正しい板書案をプリントだけし、小○理科の教室に向かう。

 

小○理科

今までに国語を教えたことがあるクラスだったので、「先生理科もできるの?」とみんなから聞かれる。できません、と胸の中で応えつつ、「先生は何でもできます」と答える。「じゃあどの教科が得意?」「うーん、好きなのは国語かなあ」「好きなのじゃなくて、得意なの!」子どもにはごまかしがきかない。「……まあ、やっぱり国語かなあ。……というか、そんなのはどうでもいいから授業始めるよ!」

今日の範囲は「こん虫」について。理科だけは板書案がずれていなかったため予習済み。つい2時間ほど前に知ったばかりの知識をさも当然知っていたかのように話す。ちょっぴり自己嫌悪。でもこれくらいのことは個別指導塾でバイトしていた時にとうに慣れっこになっている。

もともと生徒たちを知っていたということもあって、わりとつつがなく範囲を終了する。少し時間が余ったので授業の最後にはテキストもノートも閉じてもらい、今日やった範囲からクイズを出す。「こん虫のはねは、あたま・むね・はら、どこについてたっけ?」「はら!」元気だけはいい。ちなみに正解はむね。

 

中○国語

中○と対面するのは初めて。ゆっくり自己紹介でもしたいところだが、前のコマの塾長がだいぶ延長していたので簡単に名乗るだけにし、さっそく漢字テスト。テスト中も注意しないと騒ぎ出す小学生と比べ、中○はさすがにおとなしい。おっ、と思う。

答え合わせをさせてからマッハで今日の範囲へ。短い小説文が2題。とりあえず15分で1題目を解いてもらう。生徒たちが問題を解いている間、ぼくも必死で本文を読み問題を解く。小問2だけ間違えていた。しかし答えを見ても納得できない。絶対おかしいと思う。少なくともぼくの抜き出したところのほうがより正解にふさわしいと思う。国語の問題を解いているとしばしばこういう事態に出くわす。さて、どう解説するか。

15分が経つ。いちおうみんな解き終わったみたいなので、適当に指名して答えさせる。時間がない、というか既に延長してしまっているので、ほとんど板書せず口頭で説明する。板書案が汚くてぜんぜん読めなかったせいもある。が、まあ、もともとそんなに板書案は信じていない。授業範囲を知るためにプリントしているだけだ。

小問2に関しては、けっきょく「ぼくも間違えた。が、こっちを抜き出しても正解だと思う。ていうか、こっちのほうが適切だとすら思う」と正直に打ち明ける。こうなると当然、そう思う理由も説明しなければならない。というわけでテキストに書いてある答えとぼくが抜き出した部分を比較し、その意味することがまったく同じであること、具体性がある点でぼくの抜き出した部分のほうがより適切だと思われるが、テキストの答えも間違ってはいないということを納得させる。正誤に関してはどちらも丸ということにした。

本来ならば2題とも終わらせることになっていたが、1題目が終わったところでだいぶ時間がオーバーしている。窮余の策として2題目は宿題にし、次回授業の冒頭で解説することにした。

 

中○英語

けっこうな分量書いたのだが、それゆえ内容がかなり具体的になってしまったので割愛する。

 

中○英語

生徒数が少なく、今まででいちばん静かな授業であった。ぜんぜん反応がないので、これはこれでやりにくい。一人ひとり指名して答えてもらいつつ、なんとか反応を引き出せないかと腐心する。範囲は動詞の過去形 (規則変化) で、こちらも特に問題なし。

 

授業後

塾長からぼくの授業について言われる。丁寧な口調で、「授業と関係のない雑談を許すな」「もっとポイントを伝えて、一回の授業で少なくとも一個だけは持ち帰れるようにしろ」と言われる。ポイント云々に関しては授業の終わりにクイズ形式で復習させたり何度も同じところを繰り返させたりしたんだけどなーと思いつつ、素直に「はい」とうなずく。雑談云々に関してはこのエントリに書いた。でもまあ、お金を貰って働く以上、言われたことはしないとなと思う。

以上のことは小○の授業を覗いた感想として言われたのだが、なるほどなと思わされたのが「小学生には勉強を教えるだけじゃなくてしつけを教えることも塾の仕事だから」と言われたことだった。保護者はそこにも期待していると。実際、塾長曰く「厳しくしつけた」中○の生徒たちは皆メリハリがきいて、授業がしやすかった。しつけを厳しくしなければならない、という教義は肌に合わないけれど、それが塾に求められているというならば念頭に入れるべきなのだろう。

そのほか、もっと生徒たちと (体験生とは特に) コミュニケーションを取れと言われる。これはまあ、確かに。反論の余地もない。あと講師間でもコミュニケーション取れと言われる。特に同じクラスを折半する講師とは。これもまあごもっともなんだけど、グループラインだけでもきついのに、個々で連絡取ってくれってそりゃきついっすよ〜。だってねえ塾長、おれ塾講の空気苦手なんすよ。ということは塾講師も苦手なんすよ。そんなまめに連絡取り合えって言われても無理っすよ〜とは言わず、「はい、はい」と返事だけはしておく。早く帰りたい。

次回の板書案をプリントしつつ、塾長が春期講習について話すのを聞く。早く帰りたい。ダメと言わなかった日はすべて入れられるようだ。ということは、月末はもっときつくなるってことか? 早く帰りたい。「大学院のスケジュールっていつわかる?」とも聞かれる。「いやあ、たぶん月末までわからないと思います」「大学とか大学院ってさ、ほら、講義はあっても最後のほうだけ出席してれば単位貰えたりするでしょ。だからさ、そういうのも含めてどれくらい忙しいか、そういう感覚だけでも教えてもらいたいんだけど。だれか先輩とかいないの?」「いないんです」「そうか。こっちも早くスケジュール組みたいから、わかったらすぐ教えて」「はい、すみません」

遠回しに「大学院なんてどうせ楽なんだしもうスケジュール組んじゃっていい?」と言われたのだろうか。あと申し訳ないがぼくはいまけっこう本気で文学したいと思ってるので、週2より多くは働く気ないです。早く帰りたい。というか個別指導塾時代も思ったけど、塾っていう組織は自転車操業すぎる。うちの塾はその中ではすごくまともなほうだと思うけど (生徒や保護者へのフォローもかなりやっているし)、それでも常にてんやわんやしている。バイトが多いからだろう。

 

22:30退社。電車の乗り継ぎが悪く、23時半に帰宅する。

母が用意してくれていたざるそばと寿司を白ワインで流しこみ、30分ほど将棋実況とラーメンズのネタを見てから風呂へ。J・M・クッツェー『恥辱』読了。すごい本だった。今のところ2017年ベスト。いずれ感想を書くかもしれない。

 

バイトいやいや月間はまだまだつづく。

 

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三頭山に登ってきた【登山レポ】

 

3月1日 (水)奥多摩エリアの三頭山に登ってきました。

武蔵五日市駅からバスで都民の森まで行きそこから登り始めるというのがメジャーなルートですが、もう少し手応えがあったほうがいいよねということで、奥多摩駅からバスで小河内神社まで行き、浮橋奥多摩湖を渡っていくヌカザス尾根ルートで登ることに。

 

7:30 奥多摩駅

7:38 奥多摩駅発 (留浦経由小菅村行き) (バス乗り場2番線)

8:08 小河内神社着 → 浮橋へ

 

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噂に聞く奥多摩湖の浮橋 (通称ドラム缶橋)。わりとゆれる。

 

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浮橋を渡ったら登山口まではしばらく車道。道標があるので迷う心配はないです。道なりに進んで左側に登山口。

 

8:30 登山口

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怒られそうなので小さな声でいいますが、ぼくたちはアイゼンを持っていません。靴はいちおう登山靴ですが、冬山対応ではない。

登り始めてしばらくの間は心配していた雪はなくすいすい登れたのですが、1000m超したあたりから霜が目立つようになりました。

 

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枯枝も凍る。

 

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山頂に近づけば近づくほど白くなり、ぼくたちが「のわっ!」と叫ぶ回数も増えていきます。まあ結果からいえば怪我もなく登れたのですが、1000m超えてからはアイゼンがあったほうが楽だったろうなあと思いました。凍ってる道は神経つかう。

 

11:30 山頂着

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わりとほのぼのした山頂にベンチが4、5台。シーズン中や休日は混雑するんだろうけど、この日は数組しかいなかった。

 

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恒例の光景。

 

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ホットサンド! 今回の具はトマト&ベーコンとキーマカレーの二種類。

 

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食後のおつまみ。

 

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山頂からは富士山も見えた。

 

毎度ながら山頂ランチが幸せすぎてこの日もけっきょく山頂に1時間半もいました。ホットサンド食べてコーヒー飲んで、おつまみ食べてワイン飲んで紅茶飲んで……(どんだけ飲むねん)。もちろん登山それ自体が楽しくてやってるわけだけど、このお昼ご飯の楽しみ (カップヌードルとかホットサンドとか) がなければこんなにはまってなかったと思う。それくらい山頂ランチの幸福感はでかい。

 

13:10 下山開始

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都民の森へ下ります。こっちのルートは道が整備されていて歩きやすい。

 

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ただしつるっつる。

 

道程には三頭大滝があります。

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滝見橋から望む。

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ほとんど凍ってました。龍のよう。

 

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ここまで来れば後は流し。森林館のほうへ向かいます。

 

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嗚呼、でとっくす。

 

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14:40 都民の森着

 

アップダウンが繰り返されるヌカザス尾根ルートと比べて下りは楽ちんでした。エントリ冒頭にも書いたとおり、三頭山はこの都民の森から山頂までピストンするルートがメジャーなんですが、さもありなんと思いました。たしかにこの気楽さで1500mの山に登れるのは魅力だ。

 

とまあ、ここまではよかったんですが。

都民の森へ下山し、いざバスに乗って帰ろうとしたらまさかの「3月は平日運休」の文字。12月〜2月に至っては全日運休だったそうです。し、知らなかった……。グーグルマップで調べたら最寄りの武蔵五日市駅まで30km7時間とかでてくるし、どうすんだこれ……と途方に暮れてもしかたないのでKくんがゆいいつ開いていた土産屋の店主に聞いた。すると、ここから3kmのところにある「数馬の湯」が送迎サービスをしているという。さっそく電話したところ、10分で迎えに行くとの返事。助かった!

 

迎えに来てくれたからいうわけじゃありませんが、数馬の湯は内風呂の数も豊富で山の木々が眺められる露天も素晴らしく、サウナや水風呂も設えられていてとてもいい温泉でした。湯上がりに飲むフルーツ牛乳のうまさよ!

ちなみに数馬の湯からは武蔵五日市駅行の路線バスが出ており、そのおかげでぼくたちも無事町へ戻ることができました。本数はだいたい1時間に1本。数馬の湯から武蔵五日市駅までは約1時間です。

数馬の湯 公式サイト 東京都西多摩郡檜原村の温泉

 

感想

二ヶ月ぶりの登山でしたが、やっぱり山はいいなあと。

登りながら何がこんなにも楽しいのだろうとぼんやり思っていたんですが、まずは非日常ということですね。ふだん行かないような山の奥深くに分け入っていき、ふだん耳にすることのない沈黙を聴く。ふだんはぜったい起きない朝5時とかに起きて、朝からからだを動かす。そしてからだを動かした後の山頂ランチ。なんて健全な一日。ふだん鬱屈している心もからだも、少しずつほぐれていきます。

また、ぼくはいつも親友 (とぼくが勝手に思っている友達) といっしょに登っていますが、そうした気の置けない友達と心ゆくまでだれにも邪魔されずに話せるのも登山の魅力かなと思います。もちろんひとりの登山もまたべつの魅力があるはずですが、今のところはぼくはこの気の置けない友達との差し向かいの登山が好きです。

卑近な視点でいえば、お金がかからないのも登山の魅力ですね。交通費 (と温泉代) しかかからないので、ほかの遊び、たとえばボーリングだったり飲んだりするのと比べたら格安です。しかも朝5時から夕方まで楽しめる。なんというコスパ

大自然のもとで自分の悩みがちっぽけに思えたり、いちど現実を離れることでふだんの自分が客観的に見られるような気がするのも山の素晴らしいところだと思います。

というわけで、社会人のKくんと今月週4でバイトが入ってるぼくはまた4月に非日常へ登ることを固く約束し、「あした職場に隕石落ちないかなあ」と呟きながらわかれたのでした。

 

……はぁ、バイトいやだなあ。早く4月にならないかなあ。

 

 

怒らないのは怠慢か

 

もやもやしていることがあるので書いた。勢いのまま書いたので雑かもしれない。悪しからず。

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ぼくは先月から集団指導塾でアルバイトをしている。過去に個別指導塾で働いたことはあったが、集団で教えるのは初めてだ。

かなり疲れる。

ぼくが今月末まで教えてきたのは小三と小五のクラスだったが、ぜんぜん話が通じない。「静かに」と言っても静かにならないし、「はい起きて」と言っても起きない。

ある程度までは覚悟していた。やっぱり多少はうるさい生徒もいるんだろうなとか*1、おとなしい生徒ばかりだった母校での教育実習のときより大変だろうなとは思っていた。

しかし彼らは想像以上に勉強する気がなくて、怪獣だった。

やろうと思っていた範囲を終わらすことができない。何度注意しても私語を話す生徒がいる。一部、まったく集中できていない生徒もいる。

自分のために言っておくと、ぼくはぼくなりに生徒のことを考えているし、説明や板書も過去の授業例を鵜呑みにせず、より良くなるように模索している。生徒との関係にしても、決して嫌われているわけではない。どちらかといえば好かれていると思う。

それでも彼らのおしゃべりを止めることができない (もちろんすべての私語がダメだといっているわけではないです。ただ、こちらが説明しているときや問題を解いているときの私語はほかの生徒にとって迷惑なので見過ごせない)。

ほかの講師、たとえば校長や社員はどうしているのだろうと思って観察してみると、彼らは生徒に厳しく接することで対処していた。少しでも私語がでたら叱り、生徒の言葉もくだらないと思ったら無視するなど、ぼくなんかはちょっと感じ悪いんちゃうと思ってしまうような接し方をしている。

これまで約一ヶ月のあいだ授業をした見地から言えば、それは必要なことなのだと思う。特に小学生には。厳しく接することで彼らを制御し、集中できる環境のなかで授業を展開する。生徒は授業中に話したら名指しで怒られるから話さなくなる。宿題を忘れたら叱られるからなるべく忘れないようになる。

念のために言っておくと、ぼくはべつにこの文章で校長や社員を悪く言いたいのではない。彼らが生徒のことを常に気にかけ、志望校に合格できるよう精いっぱい働きかけていることも知っている*2。それは絶えず流れてくる社内LINEを見ていればわかる (なんとも驚いたことに、校舎ごとのLINEがあるのだ。このLINEでは生徒の最近のようす、勉強の進捗具合などが報告、相談される)。

ぼくはずっと「先生」が嫌いだった*3。これはいまでも思うのだが、教える立場の「先生」に限って「ひととしてどうなの」というひとが多いと思う。ぼくは昔から多くの「先生」に反感を覚え、なんであんなやつに命令されなきゃいけないんだ、なんで宿題を忘れただけでこんなに叱られなきゃいけないんだと思ってきた。で、だからこそぼくみたいな「先生」嫌いの人間、たぶん学校的尺度からすればろくでもないぼくのような人間がひとりくらい学校にいてもいいのではと思って教職課程もとった。*4

ぼくは「勉強なんて無理にやらなくてもいい」という考えの持ち主だ。どうしても勉強が嫌ならほかのことに力を注げばいいし、まして小学生の頃から塾に通わせる必要はない*5。勉強なんてテスト前にちょろっとやればいい。宿題もやらなくていい。小学校から高校まで、ぼくは宿題なんかほとんどしたことがなかった (でも無事に進級・進学できました)。

こうした考えがぼくをどういう「先生」にさせるか。けっきょく本人のやる気がなければどうしようもないんだからいちど注意しても起きない生徒はしゃあない、となる。もちろん起きてられるようにこっちはできるだけ彼らがおもしろいと思えるような授業を心がけるし、教室が暑くてぽーっとするんなら換気をし、寒いならただちに暖房を入れる。宿題? 形だけは注意するが、これも本人がそんなにやりたくないのならしかたがない。ぼくが見過ごせないのは私語だけだ。勉強したい生徒の邪魔だけはさせるわけにいかない。

本音を言えば、塾に来ている以上はみんなにまじめに取り組んでもらいたい。そうは思うんだけど、やっぱり宿題を忘れたA君を叱る気にはなれない。なぜならぼくは彼がまだ小三にもかかわらず週二で通塾し、ほかにもふたつの習い事をやっていることを知っているから。そもそも、こんな幼いうちから塾にくるなんて大変やなあ、気の毒やなあと思っているから。

しかし結果として、怒らない/怒れないぼくの授業がたびたび私語に中断され、ほかの先生の授業が緊張と強制によってであれカリキュラムを順調に進めているのなら、やはりぼくはやり方を改める必要があるのだろう。「はい起きて」と肩を叩くのではなく「起きろ!」と叱るべきで、間違っても彼らに「ここまでよくがんばりました。おつかれ」なんて言ってはいけないのだ。わかってはいるんだけど、うーん、嫌だなあ。……嫌いだった「先生」になってしまうのが、どうしても嫌だなあ。

 

やっぱりぼくは、教師には向いていないのだろうか?*6

*1:ぼくは小六の半年間しか塾に通ったことがなく、また個別指導だったため、塾における集団授業のようすを知らなかった。

*2:でもなぜかぜんぜん好きになれない。

*3:好きな先生も三人だけいた。

*4:「学校」も嫌いだった。

*5:あくまで私見です。

*6:もちろん、ぼくが講師として未熟であるというのは大きな原因である。しかし「先生」としてどんなスタンスを持つか/持つべきかという問題は技術の問題を超えていつまでもついてくると思う。だから悩んでいる。

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結局、「読まれる」ためよりも「読む」ために書いている。

 

 ぼくは今まであいまいな態度でブログを書いてきた。というのはブログ自体が日記のようでありながら第三者に開かれているあいまいなコンテンツだからだが、時に見知らぬ第三者に呼びかけ、時にそれこそ日記のように自分に沈潜しながら、いつもぼくはこのブログのあいまいさ、より具体的にいえば「ぼくはだれに向けてこの文章を書いているのか」という落ち着かなさを覚えながらブログを書いてきた。この戸惑いはそのままぼくのあいまいなエントリ、だれに向けて書かれたのかいまいちわからない文章に表れていると思う。どこどこに行ってきました、と第三者に語りかけながら、ひたすらプライベートなことを書き連ねている矛盾。しかしそうと知りながら、ぼくは個人的なことを書かずにはいられない。そんなもの、ぼくを知らないひとが読んでもおもしろくもなんともないはずなのに。

 結局、ぼくは「読まれる」ためよりも「読む」ために書いているのだと思う。もちろん、アクセス数がのびていたらうれしい。はてなスターがもらえた日には小躍りする。深夜、ひとり黙々と書き連ねた文章を読んでもらえたのだと思うと、孤独から救われるような、ぽっと灯りのともるようなあたたかさを感じる。

 でもやっぱり、ぼくは自分のためにこのブログを書いている。自分がいま思っていることを整理し、残しておくために書いている。あとで「読む」ために書いている。事実、ぼくは自分のエントリを読み返すことが多い。過去の文章を読んでいると、そのときに思っていたこと、考えていたことを思い出すことができる。そればかりか当時オブジェクト・レベルでしか見えていなかったことがメタ・レベルで見えてきたりする。つまり客観視することができる。もちろん恥ずかしくなることも多い。自分はどれだけ甘ちゃんなんだとしばしばあきれかえる。決意ばっかでぜんぜん行動しないなこいつ、とかいまの自分を棚に上げて思ったりもする。

 登山記録を読めば当時の楽しい記憶を思い出して癒やされるし、わずかながらアップしている創作小説を読んで厭になったり、案外わるくないやんと元気になったりもする。これはもしかしたらコンテンツ化した自分の日々を消費して悦んでいるだけの自慰行為に過ぎないのかもしれない。でも自分の日々が、そこで感じ考えたさまざまなことがわずかでも文章というかたちで残っているのはいいことだ。書き記しておくことにより、ぼくは過去の自分と対話することができる。そしてたぶん、未来の自分とも対話することになるのだ。

 

 

進まない読書

 

今月九日からかれこれ十日、未だに一冊の本を読み続けている。イタロ・カルヴィーノ『冬の夜ひとりの旅人が』。頁数は現在二〇〇頁。一日の読書量に換算するとちょうど二〇頁で、要はぜんぜん進んでいない。

もともと極端に遅読のぼくだが、さすがにここまで進まないのはなかなかない。たしかに『冬の夜ひとりの旅人が』は一癖も二癖もある厄介な小説だが、今回はそれにしても遅い。しかも、決して本がつまらないわけではないのである。どうも先日激しい頭痛で寝込んで以来、一時的に中断されたせいか、読書の習慣が途切れてしまっているらしい。いい加減うんざりしてきたし早くほかの本も読みたいので、今晩から多少無理にでも本と取っ組み合っていきたいと思う。

冬の夜ひとりの旅人が (ちくま文庫)

冬の夜ひとりの旅人が (ちくま文庫)

 

 

さて、進まない読書といえば、去年読んだ阿部和重シンセミア』も進まなかった。

もともと、ぼくは阿部和重の小説が苦手だ。『グランド・フィナーレ』はともかく『アメリカの夜』は苦戦しながら読んだし、前者にしても消化不良の感はぬぐえず、けっきょく何がいいたいのかがわからなかった。そう、ぼくにとって阿部和重の小説とは、けっきょく何がいいたいのかがわからない小説だ。『シンセミア』もそうだった。確かに読ませるし終盤の迫力とスリルに満ちたカタストロフィはさすがなんだけど、けっきょく何がしたかったのか、何がいいたかったのかがわからない。何もいいたいことなどないといわれればそれまでなんだけど、根源的に本を読むとは作家と対話することだと思うし、ならばこそ何も伝わってこない小説に没入することはできない。筆力があるとはいえ、文章で勝負するタイプの作家でもないしなあ。だからこそ、神町サーガが紀州サーガと比較されることに懐疑的になってしまう。土着的という点では共通しているかもしれないが、中上健次の小説には語る者と語られる者としての対話性があるし、何より読んでいて死、つまりは人生について思いを馳せずにはいられない。『鳳仙花』はほんとうによかった。まあ、単に好みの問題だけかもしれないが。

シンセミア(上) (講談社文庫)

シンセミア(上) (講談社文庫)

 

 

去年読んだ本では、江國香織『神様のボート』も進まなかった。

例によってやはり苦手な作家だった。それでも読んだのは卒論で扱おうと思ったからだったが (『シンセミア』もそうだった)、内容はともかく、小説の大半が心内語で成り立っていて、風景描写だけでなく心理描写すらほとんどない。べつにぼくはフローベールが好きな人間ではないが、さすがに心内語だけで成り立つ世界にはうんざりした。確かに「海」「公園」と固有名詞を書き込まずに土地を描くことによって曖昧な、ある種夢のような小説世界を形成することに成功しており、またその世界が母葉子の少女のような世界観とも合致してはいるのだが、ぼくは魅力を感じることができなかった。

神様のボート (新潮文庫)

神様のボート (新潮文庫)

 

 

と、なんだか文句ばかりいっているが、同じ進まないにしてもおもしろいのに進まない、というかなかなか読み終わらない本もあった。去年読んだ本では、たとえばトオマス・マン『魔の山』がそれに当たる。

魔の山 (上巻) (新潮文庫)

魔の山 (上巻) (新潮文庫)

 

 

文庫上下巻でおよそ一五〇〇頁の大作だ。療養中の従兄弟を見舞うためにアルプス山脈のダヴォス高原にあるサナトリウムを訪れた青年ハンス・カストルプ。彼は二週間の滞在予定でここに来るのだが、微熱が出たことをきっかけに滞在が延長し、それからなんやかやあって、なし崩し的に一ヶ月、二ヶ月、三ヶ月……しまいには数年まで滞在期間が延びることとなる。本来なら、サナトリウムから戻って船の設計技師として働くはずだったのに。

小説では変化に乏しいサナトリウムの毎日が描かれ、些細ないざこざこそあるものの、その穏やかな毎日にほとんど波はない。しかも、いわゆるビルドゥングスロマンなので、セテムブリーニやナフタといった衒学的な人物がでてきて主人公相手に宗教や政治についてぶったりする。我らが主人公、ハンス・カストルプはふむふむと聞いているのだが、同じ話を読まされているぼく (たち) はとてもじゃないが話についていくことができない。たぶんよっぽど教養がない限り、彼らの話に交わることは不可能だろう。ハンス君もすべて理解できているわけではない。サナトリウムではやることがないので、彼らは毎日そのように話している。結果、ぼく (たち) もその話を毎日聞くことになる。

というわけで長い上に話がむつかしくそう簡単には読み進められなかったのだが、それでも『魔の山』はおもしろかった。なぜか。一つにはそこで描かれる景色、穏やかさと激しさが表裏一体のアルプスの景色が美しかったのと、二つにははじめ耐え難い退屈と思っていたハンス・カストルプが次第に馴染んでいったように、読んでいるぼく (たち) も次第にサナトリウムの生活に慣れ、それどころか居心地の良さすら感じるようになっていくからだ。最初は退屈に感じながら読んでいた毎日にも不動の心地よさやそのなかに稀に訪れる変動に楽しみを見出すようになり、ああ面倒くせえと思っていたセテムブリーニ先生やナフタ先生のご高説もふんふんと聞き流せるようになる。いつしか「魔の山」から下りられなくなったハンス・カストルプのように、読者のぼく (たち) もいつまでも『魔の山』にいたいと思うようになる。この意味で、『魔の山』はモラトリアム小説でもあるのだ。彼の作品群、とりわけ初期作品にはモラトリアムもしくはこれに近いテーマが貫かれている。だからこそぼくは彼の小説が好きなのであり、進まない読書ながらも愛おしみつつ『魔の山』を読んだのだった。

 

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正月に一泊二日で登山に行ったときの記録

 

1月2日(月) 晴

 

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7:50 三つ峠駅

 

箱根駅伝が始まる新年二日目の朝、僕とKくんは三つ峠駅に降り立っていた。

Kくんはぼくの幼馴染だ。しかし僕とは違い、社会人三年目である。この度、彼の貴重な正月休みに泊まりがけで登山することになった。駅名からお察しかと思うが、登る山は三ッ峠。『ヤマノススメ』で主役級の四人が初めて皆で登った山だ (確か)。そして日本二百名山、山梨百名山にも選ばれている有名な山である。また文学徒として忘れてはならないのは、この山が『富嶽百景』で太宰と井伏鱒二が登った山であるということだろう。

 

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登山口までは三つ峠駅から30分ほど歩く

 

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歩き出してすぐにこの景色

 

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 そろそろ登山口も近い

 

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登山開始。序盤だけ舗装路を行く

 

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序盤、神鈴の滝に行くコースとそうでないコースとの分岐がありますが、すぐに合流するのでどっちを選んでも問題ないです。僕たちはどうせならと滝コースを選んだ。

 

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股のぞき。上の写真と同じ場所

 

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同じ場所で何枚も撮ってしまう。これ、絵はがきみたいじゃないですか?

 

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八十八大師

 

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水気のあるところはもれなく凍ってました。地面には霜も (だがアイゼンはなしでへいきだった)

 

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三ッ峠山荘付近。ここまで来ると山頂は目の先

 

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南アルプスの山々

 

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11:40 三ッ峠山頂着 海抜1786m

 

この山頂からの眺めが圧巻だった。

 

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そして、待ちに待ったお楽しみ。

 

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昼食のホットサンド。

実は今回の登山は、これが最大の目的でした。Kくんが『山と食欲と私』という漫画に触発されてホットサンドメーカーを購入したとのことで、「次の登山ではホットサンド食べよう!」と盛り上がっていたのです。具はベーコンとチーズと卵。ホットサンドメーカーはフライパンにもなるとのことで最初にベーコンを焼き、それからコンビニの卵サラダ (最初からマヨネーズと和えられている) とチーズを挟んで焼いてくれました。

これが泣けるほどうまくて、しかもコーヒーと合って、素晴らしい昼食となりました。山頂にレジャーシート広げてかたやホットサンドを作り、かたやコーヒーを入れるさまはあたかも山ガール。そうか、山ガールはこんな楽しみ方を知っていたのか。僕らももっと山ごはんの可能性を追求していこう。

山と食欲と私 1 (BUNCH COMICS)

山と食欲と私 1 (BUNCH COMICS)

 

 

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13時頃、下山開始。今回はカチカチ山からロープウエイで下山します。

 

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下山開始から約1時間が経過。眼下に望むは河口湖。この日泊まる宿は写真中央右よりの山と山に挟まれた地域にあります。河口湖のノースサイド。

 

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いやあ、にしても景色が素晴らしい。

 

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やはりこうした偉容に出会うと、不二の山なんだなあ、と。(そして富士山は登るよりも眺める方がいいなあ、なんて)

 

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天上山 小御嶽神社付近 ここまで来ればロープウエイも近い

 

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15時半頃 (だったと思う)、カチカチ山ロープウエイに到着。中国人観光客がいっぱい。

 

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ロープウエイで河口湖畔に降りる。降りたところから河口湖駅までは徒歩10分。

 

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河口湖駅

 

時刻は16時頃。河口湖ノースサイドにある宿に行くバスの最終は17時45分。ちなみに宿の近くにはお食事処は皆無。コンビニは20時に閉まるヤマザキだけ。……

 

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致し方あるまい (16時過ぎ頃入店)。

 

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山梨名物、ほうとうを食す。実はほうとうはそこまで好きではないのですが、ここのほうとうは食べやすくておいしかった。

 

食べ終えたらコンビニで酒&つまみ、デザートなど調達し、17時30分のバスへ。

 

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18時過ぎ頃、本日の宿、「民宿鎌倉」に到着。いちばん近くまで行くバス停から15分ほど歩いたのですが、その間東京にいたらお目にかかれない闇の濃さで (星もめちゃめちゃ綺麗だった!)、ああ、旅行に来てるんだなあと思った。

 

a.m. 2:00 就寝 ————————————————————

 

1月3日 (火) 晴

 

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朝、宿を出た僕らはとりあえず温泉へ向かう。

 

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途中、出会った景色。温泉までは湖に沿って歩く。

 

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野天風呂天水。民宿鎌倉からは徒歩で30分ほど。ここは久保田一竹美術館の坂上にあり、美術館の方にバス停があるので時間が合えばバスで来ることも可能です。

 

朝風呂で昨日の登山の疲れを癒やした僕らはバスで河口湖駅のそばまで行き、それからバッティングセンターに立ち寄ったあと、Kくんが前から行ってみたいといっていた「ほうとう小作」に向かいました。食べログで3.58 (1月17日現在) というすごい数字をたたき出しているお店です。有名店だそうです。

 

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駐車場は満車で道路にはずらっと車が列をなし、店内も待っているひとでいっぱい。でも徒歩で行ったのとキャパが広いおかげで15分ほどで席に着くことができました。

 

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名物のほうとう (これは「豚肉ほうとう」) 1400円

 

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と、天ざる (1100円)

 

ほうとうはKくんが注文したもの、天ざるは僕が。

……ほうとうは昨日で「もうええかな」と思っていたので頼んだのですが、いざ天ざるが置かれた途端、まわりの客にどん引きされました。確かに食べログ3.58の名店に来てほうとうを頼まないやつはおかしいんでしょう。でも飽きたんだからしょうがない。Kくんいわく、さすがにめっちゃおいしかったそうです。昨日行った「ほうとう不動」と甲乙つけがたいとのこと。

あ、天ざるもおいしかったです。

 

何時やったか忘れたけど、小作から河口湖駅まで戻ったのち、帰路につきました。

地元でラーメン食って、話したいがために電車には乗らず30分ほど歩いて……。いい正月だったなあ。去年の正月もKくん含めた幼馴染三人組で箱根の金時山に登ったんですが、そしてその正月登山も楽しかったのですが、やはり一泊できるとゆっくりスケジュールを組めるし、登山だけでなく観光まで楽しめる。いや、ほんといい正月だった……。

 

来年もまたやりたいなあ。