甘えと弱音

この2日間、仕事を休んだ。

職種柄、連日で休むなんてありえず、休むにしても最低限の伝達をチームにしないといけないのに、当日の朝に電話して、ただ「体調不良で休みます」とだけ伝えて逃げるように電話を切った。嘘だ。「発熱したのでPCRを受ける」なんて嘘に嘘を塗り固めた。今年度に入ってからもう何度も休んでいるせいで、こんな愚かな言い訳がまろびでた。

少し前から転職活動を始めている。生活するためには働かないといけない。半年前に結婚して家庭もできた。妻を心底大切に思っている。

にもかかわらずこんなふうにずる休みしてしまうのは何度目か。学生の頃に陥った無気力状態になっている。理由がわからない。朝早いのと土日出勤があることを除けばそこそこホワイトな職場だ。人間関係も良好。先輩たちは優しい。

でもどうしても行けない。朝、ベッドから出られない。欠勤連絡をするのも相当な心理的負担だ。何度も無断で休んでしまおうと思った。

妻が仕事に出た後の家にひとりでいると、ますます職場に行きづらくなってしまった、皆にどう思われているだろう、このままもう一生出勤できないのではないか、そうしたら生活していけない、とどんどんマイナスな思考に溺れて、仕事に行くよりもしんどい気持ちになる。そうなることが目に見えているのに、休んでしまう。

ひとはこうした状況を無気力状態とも適応障害とも抑うつ状態とも言う。確かに僕は学生の頃からもう4年以上、抗不安薬を処方され飲んでいる。でもこれまでは休まず通えていたではないか。自分がどんどん楽なほうに流れ、甘えて堕していった結果だ。

明日は何としても職場に行く。鉄面皮を装って、何事もなかったように席に座る。どうせ今年度限りで去る職場だ。何と思われようが構わない。そう書くのは簡単だが立派な社会人に囲まれた中で自らに捺された烙印を意識しつつ仕事をするのは易いことではない。でも行くしかない。

職種柄途中で辞めるのは難しい。なんとか春まで働いて転職するしかない。転職活動をしながらがんばるしかない。でも朝6時半に家を出て19時半に帰ってくる生活の中で転職活動を行うのはしんどい、と書くとそれも甘えでしかない。もっと長く働いているひともごまんといる。でもこの場合そんな比較は関係なくない? 相対的な指標なんて意味ない。

小説も書きたい。いま書いている小説は賞が狙えると、初めて本気で思ってる。でもずる休みしたところで気持ちがしんどくて書くどころではないんだよな。やっぱ働かなきゃ。

世界は一日で印象を変える。明日職場に行ったらなんでもなかったように明るくなるかもしれんし。でもこんな落ち込むこと、社会人になってからはなかったな。

(朝早いとか休日出勤が多いとかそういうことまで含めて)仕事がしんどいのか、単に甘えが出てきてるだけなのか。それもわからん。

夜が深まると胸がちりちりする。気づいたら呻き声が出てる。甘えんな自分。どこか静かな山の一室で2ヶ月くらい籠って小説書きたい。甘えんな自分。太宰を批判できないな。