雪野原【創作小説】

 

 ある日、授業を受けるために大学へ行くと、一面の雪野原になっていた。
 つい昨日まで大学棟があったはずの場所が真白に染められ、初冬の清澄な日射しを受けた雪が眩しく照り映えている。高高と突き立っていた三十三号棟が無くなったためか、空がやたらと広い。見上げると雲一つなく、抜けるような青空が広がっている。
 しばらく茫然と立ち尽くしていると、不意に肩を叩かれた。
「こんなところでなに突っ立ってるんだ。早く行くぞ」
 先輩はそう云って私の手を取ると、何の躊躇いもなく雪野原の中へ足を踏み入れた。ザク、ザク、と足を落とす度に新雪の爽やかな音が鳴る。見た目よりずっと深く積もっていた雪に私は何度も足を取られそうになったが、先輩はそんなことにはお構いなしにずんずんと前へ進んで行った。手を引かれているので、仕方なく私もずんずんと雪野原を奥へ進んで行く。
「どこへ行くんですか」
 先輩は私の言葉には答えず、どことなく先を急ぐそわそわした様子でひたすらに足を運び続ける。仕舞いに私はなんだか眠くなってきたような気がしだした。一定の間隔で鳴る雪のザクザクという音が心地良く耳朶を打ち、段段足が重くなる。
「着いたぞ」
 そう云われてハッと顔を上げると、一面の雪野原には違わないが、四囲に十二、三の人人が集まる場所に来ていた。何となく皆どこかで見たような気がするが、どこで見たのかは思い出せない。彼等はゆったりした歩調で私と先輩を取り囲むように円を縮め、とうとう顔と顔が触れんばかりにまで近づいた。
「あの、いったい何を、」
 云い終わらぬ内に誰かが私の足を掴み、私の軀がぐらりと傾いて視界が空に覆われた。どうやら私は皆に軀を持ち上げられているようだった。
 先輩のかけ声とともに私の軀が宙に浮き、幾許かの手に受け止められると再び虚空に持ち上げられた。玻璃のように透き通った青空が近づいたかと思うと遠ざかり、それからまた手繰り寄せられそうなほど近づく。何故かはわからないが、私は胴上げされているようだった。
 皆は何を云うでもなくただ黙黙と私を宙に舞い上がらせた。それが繰り返される内に私はまた段段と眠たくなってきて、足元から沈んで行きそうな心地がした。そうしてついに眸を閉じてしまうと、私は唐突に地面に叩きつけられ、目を開けると先輩が立っていた。
「こんなところでなに突っ立ってるんだ。早く行くぞ」
 先輩はそう云って私の手を取ると、何の躊躇いもなくキャンパスの中へ足を踏み入れた。先程まで一面の雪野原だった場所に元通り大学棟が建ち並び、三十三号棟が高高と空に突き刺さっている。
「私達、つい今まで雪野原にいませんでしたか」
 私の言葉に、先輩はチラとこちらを振り向いて妙な顔をした。踏み出した足が落葉を砕き、ザク、と乾いた音を立てた。