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これからのこと

ふがいない院生は空を見た

いつの間にか僕らも

いつの間にか僕らも 若いつもりが年をとった

暗い話にばかり やたらくわしくなったもんだ

——ユニコーン「すばらしい日々」

 

八日 (日)、大学の友達と柴又帝釈天に初詣に行って来ました。

「大学の友達」といっても僕以外の三人は既に卒業して働いているため、大学時代の友達といったほうが適切かもしれません。このブログが開設された直後に「シュレディンガーのパン」というくだらない話を書きましたが、この話に四回生として登場したコージもメンバーのなかにいました。立派な社会人として。

僕らは一四時に柴又で待ち合わせ、昔ながらの駄菓子屋や「とらや」などに寄り道しつつ参道をぶらぶら、帝釈天に向かいました。昔は「小説家になれますように」とも祈っていたんですが最近は他力本願ぶりに失笑し、家族と自分の健康、安全無事だけ祈っています。なんで初詣自体はあっさり過ぎて、御守りを買うという発想すら浮かばずすぐに次の目的地、矢切の渡しへと向かいました。

ちなみにこの日は雨です。しかもニュースではこの冬いちばんの冷え込みと報じています。

そして矢切の渡しとは東京と千葉を隔てる江戸川の渡し船のことです。つまり矢切の渡しに向かうとは、江戸川の河川敷に向かうということでもあります。

超寒かった。

しかもなぜかメンバーのひとりがゴムボールを持ってきていて、雨と寒風のなかキャッチボールと洒落込みました。楽しかった。でも超寒かった。

(……と、こんなプライベートなことを書こうと思ったのではなかった。キャッチボールのあと僕らは山本亭に避難し、そこで風雅なひとときを過ごしたのちも立石の呑んべ横丁に移動したり定番のカラオケに行ったりしたのですが、いまここではそれらのことを事細かに記録しておこうと思ったのではなくて、この日自分が思ったこと、感じたことを整理しておこうと思ったのだった)

思ったこと、感じたこと。それは一言でいえば「いつの間にか僕らも 若いつもりが年をとった」ということです。

いやいやいや、自分まだ二十三やろ。ぜんぜん年とってへんやん。めっちゃ若いやん。と思う方もいるかもしれませんが (というか自分でセルフツッコミしましたが)、それでもまだみんなが大学生だった去年と比べると、だいぶ雰囲気が変わったなあと。

やっぱり根本的に、人生観が違うんですよね。社会人と学生の別を問わず人生観は人それぞれ違って当たり前ではあるんですが、それでも去年のみんなといまのみんなでは明らかにそれが変化しているし、自覚というか、自分の年齢や可能性に対するスタンスなんかもぜんぜん違っている。要は「大人になっている」。

不定期ながら毎年二、三回 (三、四回?) は必ず会っているみんなはほんとうに気の良い人たちで、そのやさしさやおもしろさは変わらないんだけれど、それでもやっぱりみんな大人になっているんだなあ、確実に社会人になっているんだなあと、そしてそんなみんなにつられ、「いつの間にか僕らも 若いつもりが年をとった」んだなあと思いました。あの日カラオケの一曲目で「すばらしい日々」を歌いたくなったのは、そんな感慨もあったのかもしれない。

少しずつしかし着実に大人になっている同窓生に、自分もいい加減大人にならないとなあと焦りつつ、でも永遠にキッズでいたい、キッズとして生きていけるだけの「売り」がほしい、とも思ったり。ほしい、では他力本願やから「手に入れてやる」、ですかね。「手に入れてやる」。でも、僕の「売り」って何だ? 

 

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