これからのこと

ふがいない院生は空を見た

切り捨てがプラスになることはほとんどない

 

昨夕、先生からぼくの歌が歌会でいちばん票を集めたとメールがきた。歌会というのは参加者が持ち寄った歌を無記名で印刷し、どれが誰の歌か判らない状態で気に入った歌に投票するという催しだ。

既に何度も書いているように、ぼくは昨年の九月末から胃潰瘍逆流性食道炎に悩まされ、ぜんぜん授業に出席できていなかった。この日も最後の授業でありながら、けっきょく、ぼくは歌だけ提出して出席することができなかった。

 

自分は数え切れないものを切り捨ててきた、と思う。もともと同じ集団に属しているのが苦手で、中学生の頃に入ったバスケ部も、大学で入った文芸サークルも一年で辞めてしまった。キャパシティが小さいのだ。最初どんなに楽しく思えたものでも、余裕がなくなるとすぐに切り捨てた。返事を返さなくなり、人付き合いは途絶えた。

肉体の不調はすべてのキャパシティを低下させる。今期、ぼくはほとんど大学に行かなかった。あれだけ親しくしていた同期とも、たまに顔を合わせただけだった。それどころか、ぼくは時間が有限であることに取り憑かれ、短詩型まで捨てようとしていた。

そうなのだ。病身になってから、修士の一年目が終わりかけてから、自分の進む道を絞ったほうがいいのではないかと考え始めた。ぼくは詩を読むのも短歌を読むのも好きだったが、根は散文的な人間で、ロジックがあるもののほうが好きだった。小説や批評のほうが読んでいて理解できたし、自分に向いていると今でも思っている。

ぼくが詩を読み始めたのは、学部生の頃、詩人の蜂飼耳さんの授業を聴いたからだった。ぼくは『春と修羅』に出会い、『日原鍾乳洞の「地獄谷」へ降りていく』を知った。短歌を読み始めたのは、大学院に入って、短歌がじょうずな同期と出会い、現代歌壇の第一線に立つ先生と出会ったからだった。どちらもぼくに新しい世界を見せてくれた。それを、ぼくは切り捨てようとしていた。

歌会は授業を受講している十人足らずの院生の中で行われる小規模なもので、そこでたったいちど評価されたからって、とりたてて騒ぐことではない。たまたま、今回、好意的に受け取ってもらえただけだ。でも、ぼくはうれしかった。夕焼けがいつもよりきれいに見えたくらいには、うれしかった。

思えば、ここのところ体調のことばかり気にしていて、創作をしていなかった。

 

別の話になるが、きょう、ゼミが最後ということで、某大物作家の先生と受講者四人で飲み会を開いた。夜がいちばんしんどくなるぼくは正直気が重かったが、同期と先生が終始気をつかってくれたおかげで楽しく会は終わった。終電間際に別れるときには、これから春まで会えないのかと思い、いっちょまえにさびしい気持ちになった。

ほんとうをいえば、ぼくはきょうの飲み会でさえ、ギリギリまで行くかどうか迷っていた。病身になって以来、外で晩ご飯を食べたことはなかったし、そもそもが、電車で一時間近くかかる大学に行くのさえ、ぼくには大きなハードルだった。身体を壊してから、電車に乗るとやたら酔うようになり、目が回るようになった。きょうも、大学に着くまでにいちど電車を降りてしばらく休まなければならなかった。

ぼくにとって一時間の距離は、がんばれば乗り越えられるが、逆にいうとがんばらなければ乗り越えられない壁だった。だから、きっとがんばれば行けたはずの授業を、今期、ぼくは休み続けた。

どれだけの可能性を切り捨ててきたのだろう、と思った。授業に出れば、いつも思いがけない発見がある。同期と話せば、自然とやる気が湧いてくる。負けてられない、と思う。親交も深まる。それに、認知行動療法というのもあった。元凶である (はずの) ピロリ菌が (おそらく) いなくなったいま、ぼくが電車を極端に怖れるのは、逃げられない閉鎖的な空間、しかも大勢のひとがいる——という心理的要素も少なからず絡んでいるはずだ。でも、だからといっていつまでも避けていては、事態はいっこうに変わらない。思えば、かなりの無理を承知で出かけた正月の旅行のときだって、肉体的にはきついはずなのに、ふだん家に引きこもっているときよりも活力が湧いていたではないか。あの旅行を境に、ぼくは少しずつ外に出られるようになっていったのではなかったか。

こんなことを書くのは、ぼくはきょう、ひさしぶりに自分が身体を壊していなかったときの、快活な感じ、精力的に大学に通っていたときの感覚——を思い出したからだ。もちろんお腹の重さ、酸がせり上がってくるような気持ち悪さはなくならない。飲み会でも、ほとんどものを口にすることができなかった。でも、夜更けの街を歩きながら「何かを書きたい」と思うこの感覚は、ぼくが踏ん張って大学に行き、飲み会に参加したから得られたものだった。

だからいま、ぼくはあまりに切り捨て過ぎてしまった今期の自分を反省している。もちろん、現に身体を壊しているのだから、前期と同じように出席するのは無理だ。すべてが精神的な問題ではなく、実際にぼくの身体は不調を訴えている。しかし、切り捨ててもよいという意識がなければ、もう少しは授業に出られたのではないか。新たな出会いがあったのではないか。昨日だって、どうやっても行けないというほど不調ではなかったのだから、出席すればよかった。自分の歌に対するコメントを聞けば、さらに何かが思いついたかもしれない。同期とおもしろい話ができたかもしれない。欠席したぼくは、けっきょく、家でYouTubeを見ていただけだった。

 

切り捨てることで時間を得ようという考えは、(ぼくの場合) たいていマイナスになる。切り捨てるのではなく、少しでも自分のキャパを広げていくこと。切り捨てるのは自分ではなく、時間だ。そのうちきっと、否が応でも切り捨てなければいけないときがくる。だがそれまでは、自分の可能性を模索することが許されている、と思う。

きょう、修士一年の最後の授業が終わった。同期と会える回数も、先生と会える回数も限られている。ぼくはもっと、今ある可能性を大切にしなければならない。