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これからのこと

ふがいない院生は空を見た

余りに個人的な感想『あの子を探して』

 

チャン・イーモウ『あの子を探して』を観ました。

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舞台は山村の小学校。唯一の先生であるカオ先生が母の看護のために一ヶ月村を離れることになり、代用教員としてまだ十三歳のウェイ・ミンジという女の子が村長に連れられてきます。

といってもミンジとて学があるわけではなく、かろうじて一曲、(それも飛ばし飛ばしで) 歌が歌える程度。だから彼女の仕事はひたすら板書をすることであり、それを書き写すよう、生徒を監視することでした。

貧しい山村のことで、教卓はぐらつき、屋根は雨漏り、壁もぼろぼろ。チョークは一日に一本までしか使えず、ミンジや寄宿生が満足に寝るスペースすらありません。

こんな劣悪な環境のなか、やんちゃ盛りの生徒とミンジが衝突し、ある日、なかでも腕白だった男の子が姿を消したことで事態が少しずつ様変わりしていく——という筋なのですが、詳細が知りたい方はWikiで読んでください、あるいは、観てください。

 

ひとことで言ってしまえば金八先生的な筋なのですが、観終わったとき、身につまされるところがあったのです。

というのは、序盤、ぜんぜん言うことを聞いてくれない生徒たちに対してミンジが感じている (であろう) 感情がつい最近までやっていた塾講師のバイトで経験したものと限りなく近かった (と思われる) からで、ぼくがそれに耐えきれずにリタイアしたのに対し、ミンジはそれを乗り越え、ぼくが結ぶことのできなかった関係を生徒と結んでいたからです。

貧しい山村のこととて、生徒はみな貧しい家の子どもばかりです。ろくに文具も与えられず、飲み食いもできず、家庭の事情で出稼ぎに行くために学校を辞めていく子もいます。もちろん、家庭環境も良好ではない子どもが大勢います。そして、そうした子どもたちは家で与えられない愛情を埋め合わせるために学校で悪さをする。そのつけが回ってくるのはミンジです。彼女は毎日のように怒鳴り、追いかけ、やがて辟易します。べつにこれは貧しい山村でなくとも現代の日本でだって本質的には同じことが起こっていると言えるでしょう。つまり、子どもは家庭の影響をダイレクトに受ける。子は親を選ぶことができない。家庭を選ぶことができない。

ぼくが働いていた塾にも、おそらく家庭で愛情が満たされていないのだろうなと思われる子どもたちがいました。たまに近況報告がてら家庭に電話をすると、その推測が確信に変わります。そして残念ながら、塾で悪さをするのは、むやみにこちらへ刃向かってくるのは、やはりそうした家庭の子どもたちなのです。

もちろん、ぼくもそういったことはわかっているつもりでした。が、ぼくはわかった上であえて、そうした子どもたちを切り捨ててきました。家庭での満たされなさがあって、その埋め合わせとして、あるいは反動としてこちらに向かってくるのはわかるけど、なぜぼくがその埋め合わせをしなくてはならないんだ。なぜぼくが彼らの満たされなさの代償として彼らのナイフで傷つけられなくてはならないんだ、と。

正直に言って、この考えは今でも変わっていません。おかしいとも思いません。つまり、子どもたちに自分ではどうしようもない事情があるのはわかるけれど、それを教師がすべて埋め合わせなくてはいけないというのは間違っている。教師はうさぎのぬいぐるみじゃない。苛立ちのまま、いつまでも殴りつけられるクレヨンしんちゃんのぬいぐるみとは違うのです。

 

ミンジは学校で最も反抗的だった男の子が失踪したとき、必死で彼を見つけ出す方法を考えます。生徒たちに相談し、町に出るバス代を稼ぐためにレンガ工場で働いたり、探し出す当てもないのに町へ出てまわりの人間から疎まれながらしつこく聞き回ったり、無駄足に無駄足を重ねてそれでも探し続けます。

映画を観ているあいだずっと、そして観終わってからも、ぼくにはなぜこうまでしてミンジが男の子を探し続けるのかがわかりませんでした。少々プロパガンダ的な感動の再会にそれでもジンとしつつ、しかし最後まで「あの子を探し」続ける理由がわかりませんでした。

 

きっとここに、教師としてのぼくの限界があるのだと思います。ぼくは教師には向いてない。

 

泥まみれになり、へとへとになったミンジと男の子との再会、そこで初めて生まれた関係性は、ぼくのような考えを度外視したミンジだからこそ得ることのできたものです。

最後、生徒がそれぞれ好きな字を黒板に書いていく場面で男の子が書いた字。それを見て微笑むミンジ。笑みを交わし合う生徒たち。ぼくがこれまでに見た映画のなかでは最も美しい (映像としても色彩が素晴らしかった) このラストシーンの感動は、きっと永遠に体験することがないし、またしたいとも思わないのだろうなと思いつつ、けっきょく最後まで好きになれなかった塾講師のバイトについて、そこで出会った生徒たちについて、少しだけ想いました。

 

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