これからのこと

ふがいない院生は空を見た

夏の二日間【奥多摩氷川キャンプ場】

 

2018年7月24日 (火)

 

9時前に家を出る。20分ほど歩いて駅に行くと、既にシャツが汗で湿っている。日中の熱射を思い、構内のコンビニでポカリを買う。

立川でKと合流。青梅線に乗り換え、久方ぶりの奥多摩へ。後で考えてみると、奥多摩に行くのは去年の盆、雲取山に登った時以来だった。

10時50分、奥多摩駅着。駅を出て左に折れ、昭和橋を渡って氷川キャンプ場へ。

受付でテン場代1600円 (1人800円) を払い、レンタル用品を受け取るために受付隣のカフェクアラへ。

カフェクアラは基本的に平日休業である。今回は事前にお願いし、特別に貸してもらえることになった。僕たちがレンタル用品を借り受けた後すぐシャッターが閉まっていたから、本当にこのためだけにスタッフがいてくれたのだと思う。感謝。

借り受けたインナーマット、BBQ台、チェア2脚を持って河原へ。

 

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平日の朝だし、だれもいないかもしれないと思っていたのだが、既に幾つか、テントが張られている。キャンプは初めてだが、場所選びが重要だということは言われずともわかる。少し悩んで、テントとテントの間の木蔭に設営することにした。

 

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前夜、散々悩んだ末、持ってきたトンカチが役に立った。河原はなかなかペグが刺さらず、場所に依ってはトンカチを以てしても手こずることもあった。

設営が終わると、もうすることは何もない。翌朝まで、ただひたすらの空白が続いているだけだ。

さて、何をしよう。

 

 

川の冷たさについて

 

河原には何もない。堪りかねる暑熱とせせらぎを除いては。都市の喧噪も、百万の眼も。

僕たちは水着に着替え、目の前の流れに足を踏み入れた。

驚かされたのは、その川水の余りの冷たさである。膝まで浸した途端、動けなくなった。「冷たい」が「痛い」と等号で結ばれたのは、実に小学生以来のことだ。祖父母の住まう福岡の、ある有名な鍾乳洞を浸す水の冷たさに僕は馴染めず、父におぶってもらったものだったが、二十五になった今、またも同じ清新な驚きが僕を刺していた。

しかしKはすぐに水中に飛び込み、その冷たさを享受していた。僕はしばらく一本の木のように固まってから、ようやく身体を川に浸した。案ずるより産むが易し。一度やってみれば、もう何のことはなかった。

川の中から見た景色は、これ以上ないくらいに夏だった。

 

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炭火の困難さと、着火剤の脱力について

 

「もう我慢できない」

とKが言った。時刻は正午を過ぎ、真夏の太陽はてっぺんに昇ろうとしていた。

僕たちは買い出しに出かけた。

近くの精肉屋でバーベキューセット2人前を買い、河原に戻る。網やトング、炭といった必需品は既に受付で借りてあった。さっそくBBQ台をセットし、火起こしに取りかかった。

しかし、炭というやつはバーベキューに欠かせないくせに、なかなか燃えてくれない。スマートフォンで効率的な火起こし方法を調べ真似してみたが、効果はなかった。ただいたずらに丸めた新聞紙だけが塵と化していくだけである。だがいったん試みた以上、着火剤に走るのは負けを認めるようで悔しい。30分ほど粘った。

「うみやちゃん、着火剤買ってきて」

「OK」

背に腹は代えられない。いや、文字通り腹が背にくっつきそうで、そうなれば背も腹も無いのかもしれないが、とにかく僕は受付に走った。

着火剤は200円だった。

炭と新聞紙の残骸の中にカレー粉のようなそれをひとかけら入れると、あっけなく火は燃えだした。さっきまで頑なにだんまりを決め込んでいた炭も、これには堪らず声を上げる。

それはあまりにもあっけない決着だった。僕等は無言のまま炭を足し、風を吹き込んだ。黙って見守る僕等の前で、火はいよいよ高くうねりだしてきた。

 

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炭火の偉大さについて

 

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風と蜩について

 

食後、例によって吐き気とめまい (というより酔い) に襲われた僕は、しばらくチェアに座ってじっとしていたが、昼頃から参上したパリピ軍団の雄叫びと大音量のBGMに追い打ちをかけられて、テントの中に引き下がった。

30分ほど眠ると、体調は落ち着いていた。Kと水切りをしたりして過ごした後、汗を流すべく温泉に向かった。

氷川キャンプ場からもえぎの湯へは、吊り橋を渡る。

 

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もえぎの湯はキャンパーや登山客御用達の温泉だ。去年はここで雲取山からの下山中、熊を見たという佐伯さんと再会したのだったなと思いつつ、内湯を通り越して露天風呂へ。ぬくめられる身体に、吹き抜ける風。山間の風は涼しい。

休憩室で、少し休む。畳の大広間には文明の風が行き渡っていた。やっぱ、文明は偉大だな。さっきまで散々自然を讃美し都会をけなしていた僕は言った。大自然の中で文明を享受するって最高だな。

僕はゆとり世代だった。

 

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温泉からの帰り道、徐々に日暮れてゆく景色の中で、何百という蜩が鳴いていた。

思えばここに来てからまだ油蝉の声を聞いていない。蜩の声に包まれていると、油蝉がなぜそう呼ばれるかがわかる気がした。あのじっとりとした鳴き声に比べて、蜩の音の、なんと清冽なことか。蝋細工のように薄く軽やかなあの羽には、日々の垢も付着できないのに違いない。

(しかし、Wikipediaに出てきた蜩は思ったよりもフツーの羽をしていた。そして思ったよりもセミ!な感じで、すぐにブラウザを閉じた)

 

 

1/f について

 

夜。

テントに吊されたランタンがひとつまたひとつと点灯していき、一面の闇の中に、仄かな灯だけが揺れている。

僕たちは大きめの石で堤を作り、そこに薪と火を点けた着火剤を入れた。

焚火をするのだ。

 

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ゆらぐ炎と、爆ぜる音。

ただ眺めているだけなのに、どうしてこうも満たされるのか。

 

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どうしてこうも旨いのか。

Kがチーズとウインナーを買い足しに行く。僕はひとり残され、茫然とチェアに座る。思い出したように薪を追加し、また虚脱。思い出したように煙草を吸い、また虚脱。

何を考えていたのか。その記憶すらも焚火はくべて、後にはただ写真と満ち足りていた感触だけが残るのみだ。

 

 

デジタルデトックスの不可能性について

 

日付が変わる。

ベースサイトはすっかり寝静まっている。

眠気がやってこないので、青空文庫アプリを開き、読みさしだった村山槐多『悪魔の舌』を読む。岡本かの子『桃のある風景』を読む。西東三鬼『秋の暮』を読む。『秋の暮』は沁みた。夏真っ盛りに読んだのに。抒情と感傷を分かつものは何だろう。自己顕示欲? 一人称との距離? すぐに感傷に落ち込んでしまう自分が目標とすべき文章かもしれない。

一首だけ短歌を作る。

寝ついて30分で目が覚める。身体が熱い。熱いのに汗が出ない。iPhone奥多摩町の気温を23℃と示している。まったく涼しさを感じない。いや、風が当たる部分は冷たいような気もするのだが、もはやよくわからない。頭が痛い。

熱中症かもしれない、と思う。

半袖半ズボンに着替え、テントを出る。チェアに座って塩飴を舐め、ポカリを飲む。いっこうに良くなる気配がない。スマホ熱中症になってしまった時の対処法を調べる。冷水に濡らしたタオルなどで手足の末端を揉むと血液が循環するらしい。水場に行って冷水で濡らしながら手先を揉む。ずっとやっているうちに、少しずつ寒さが感じられるようになってきた。チェアに戻り、ポカリを飲みながらぼーっとする。やがて寒さに身体が震え、安心してテントに戻る。Kが起きて、だいじょうぶかと聞く。こんな時でもKは優しい。カロナールを飲み、足の位置を高くして目をつぶる。

こうして夜が乗り越えられる。

  

そして今、PCを前に、デジタルデトックスの不可能性について考える。

自分はスマートフォンが嫌いだ。一時期はあえて持たない選択をし、まわりから顰蹙を買った。

今回のキャンプが、デジタルデトックスにもなればと考えていた。しかし逆に、一日でさえスマホから離れられなくなっていることを突きつけられてしまった。

買い出しに行く店を探した時、効率的な火の起こし方を調べた時、青空文庫を開いた時、熱中症の対処法を調べた時……。いや、そもそもスマホがなかったら氷川キャンプ場を見つけていないし、計画を立てることさえできなかった。

やはり、今となってはスマホ無しでは生きていけないのかもしれない。ネットワークの網から抜け出すことは、もはや不可能に近い。

 

 

夏の朝の全能感について

 

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ベースサイトの朝は早い。

7時頃にテントを起き出すと、まわりではもう朝が動いている。

Kが食パンを炙っているあいだに、レトルトカレーを湯煎する。こんがり色のついたパンにカレーをかけ、朝食が完成。しんぷるいずべすと。食後に淹れたインスタントコーヒーは、喫茶店で飲むマンデリンのフレンチローストよりもおいしい味がした。

チェックアウトは10時半である。テントを撤収する前に、最後にもう一度、川の冷たさを味わう。それから恒例の水切り。川に来ると必ずやっているのだが、いっこうにうまくならない。水切りの上手な男になりたい。

テントを畳み、受付でレンタル用品を返してキャンプ場を出てもまだ10時前である。いつの間にか空は晴れ、真夏日を予告する日射しが静かな町に降り注ぐ。僕等は奥多摩駅にもどり、電車が発車するまでのあいだ、近くの商店で土産を物色する。

 

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少ない乗客を乗せて、電車はゆっくり動き出す。まだ10時過ぎ。水曜の夕方になるときまって鬱になるKも、まだ快活だ。夏の朝は全能感に満ちている。

どこか寄って行こうか。この前話した羽村の樹樹でも行く? 福生でも寄ってく? 実現しなくてもいい。可能性があるということがうれしいのだ。これからどこでも行けるし、何でもできる、ということが。

けっきょく、僕等は河辺駅で降り、梅の湯に行く。平日の朝に温泉に浸かることの贅沢さを存分に味わいながら、この後の予定を立てる。

「髪切ってやろうか」

とKが言う。その後、いったん家に帰り、洗濯や片付けを済ませる。夕方、Kがやってきて、髪を切ってくれる。

Kと別れてから、近所の川沿いを歩く。頭ってこんなに軽いものだったのか、と驚く。夏なんだな、と思うと同時に、これで面接もだいじょうぶだな、とぼんやり考える。

煙草に火をつけながら、初めてのキャンプに思いを馳せる。幸福感と、寂しさがやってくる。なんと夏を満喫した二日間だったのだろう。来年からは、こんなふうにKと泊まりで遊ぶこともなくなるのだろうか。

コンビニ裏の薄汚れた喫煙スペースに、油蝉のじっとりした声が届く。隣町の電波塔が刺さった空は曖昧に焼け、曖昧に日が沈んでゆく。

二本目の煙草に火をつけ、スマホを見る。自然と溜息がこぼれる。半ばまで吸った煙草を灰皿に落とし、僕は家路につく。

巨人は今日も負けていた。

 

 

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