これからのこと

ふがいない院生は空を見た

若葉の匂い

 ゴールデン・ウィークが終わり、梅雨が来るまでのあいまいさに覆われたこの時季、夜になると若葉が香る。
 それは新緑という名の持つ爽やかさからは想像しづらいムッと立ちこめた草木の匂いで、決してかぐわしい、という種類のものではない。けれども僕はこの匂いが好きで、ぼんやりと霧に曇った夜、四辺から立ち上る新緑の、思わず息を止めてしまいそうな生気の籠もった匂いを嗅ぐと、なぜだか無性に懐かしくなり、と同時に切なくやるせない気持ちに襲われてしまう。その匂いのいったい何が、こうも僕を揺さぶるのか。

 若葉の匂いから思い出されることのひとつに、大学に入学したばかりの頃に起こった出来事がある。
 当時、僕はのちに付き合い別れることとなる同じサークルの女の子と進展中で、その日もサークルが終わったあと新宿で晩ご飯を食べる約束をしていた。
 サークル活動を終え、キャンパス門前で解散しようというときだった。サイゼリヤに寄っていく組と早稲田から電車に乗って帰る組の二手に分かれることになり、幹事長によって挙手が求められた。僕と彼女は視線を合わせ、咄嗟に僕が、
「俺、高田馬場まで歩いて帰ります」
 と宣言し、彼女がつられたように「私も」と手を挙げた。そうしてみんながあっけに取られる中、ふたりでその場を後にした。
 あのとき、みんなに見つめられながら彼女とふたり歩いて帰ったときも、ちょうど雨が上がったばかりで、若葉の濃い香りが立ちこめていたのをはっきりと覚えている。

 また、高校生の頃は学校が緑豊かな谷の上にあったため、この時季になると毎日、朝はげっと鼻をつまんでしまいたくなるほど強烈な草の焦げた匂い、夜には霧に濡れた新緑のあの身にまとわりつくような匂いを嗅いでいた。下校時、不気味に口を開いた谷戸の暗がりを見下ろしながら、ひとり取り憑かれたように足を速めて帰ったのを覚えている。あのときも、まわりでは若葉が滲んでいた。

 匂いから誘発される懐かしさ切なさと、これらの思い出は関係があるのだろうか。自分ではよくわからない。まったく無関係のような気もする。けれども若葉の匂いを嗅いだとき、いまとなってはこうした場面の数々を思い出さずにはいられないのも事実で、その場面の数も年を経るごとにつれ増えていくのだろう。それがいい思い出ばかりになるとは限らないけれど、これから先、今日のようにふと若葉の匂いを嗅いだとき、立ちのぼる光景がいまより多くなっていればいいなと、そう思う。

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