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これからのこと

ふがいない院生は空を見た

この一年

前回ブログを更新したのが1月17日ですから、実におよそ四ヶ月ぶりの更新となります。四ヶ月。一年の三分の一。さすがにそんだけ経てばこんな僕でもさまざまなことがあって、そのさまざまなことが書き切れないがゆえに「それならいっそ何も書かないほうがましだ」と持ち前の神経質さを発揮させていたんですが、それでもせっせと開設し心の内を吐露、とまでは行かずともほのめかしくらいはしていたブログをやめるのはちと惜しいので、がんばって開き直って、またとりとめのないことでも書いてみたいと思います。

しかし何から書けばいいのだろう? さっきも書いたとおりこの四ヶ月にはさまざまな事柄があって、たとえば相変わらず山には登っていたし、サイクリングもしていました。五年生になるのに友達の卒業旅行に混じって大島に遊んだかと思えばランニングにはまり、春休みは友達Sといろいろなところへ走りに行きました。音楽ではサニーデイ・サービスにはまり、最近ではALにお熱です。神保町のおもしろさに気づき、古本屋巡りにふらりと出掛けるようにもなりました。読書に関していえば、ここのところは小説よりも批評にまみれています。『動物化するポストモダン オタクから見た日本社会』がその口火。今更とはいえ、浅田彰『構造と力』もおもしろかった。どちらの本もこれまでウエルベック松家仁之を読んで考えていたことに考えの枠組みを与えてくれるもので、自分の考えている問題、テーマがよりはっきりとしてきたかなと思っています。僕はいま、こういったら大袈裟に聞こえるかもしれないけれど「人生」について、より正確にいえば「どうすれば生き延びることができるか」ということについて真剣に考えています。もともとうじうじと悩みながらもこうしたことについてはっきりと問題化して考えたことはなかったので、それだけでもこの一年はありがたかったと思っています。もちろん留年したことによる弊害もあるだろうしこれから先負担となっていくのかもしれないけど、もしこの一年がなければ、僕はこういった視点、つまり自分の人生や生き延び方について考える、オブジェクト・レベルではなくメタ・レベルから捉えるという視点を持ち得なかったと思うのです。この一年は、きっと僕の人生の上で重要な年になる。

長々と書いてしまいましたが、いま、僕はこんなことを考えています。折々、そういったことについても書いていけたらと思います。

というわけで、更新頻度は不明だけど、とりあえず継続。

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