春隣【創作小説】


 ずっとほしかった一眼レフを買ったので、日曜日の午後、さっそく外に撮りに行ってみることにした。近所の河川敷に出かけると言うと、春子さんが「私も、私も行く!」とあわてたように繰り返すので、一緒に出かけることになった。
 僕と春子さんは一緒に家を出て、だんだん春めいてきた外の景色を眺めながら河川敷までの道を歩いた。日曜日とだけあって、土手に整備されたサイクリングロードは自転車やジョギングを楽しむひとたちで賑わい、河川敷では少年野球チームが元気な声を響かせている。
「何を撮るの?」
「……うーん。なんか適当に、そのへんの風景でも」
 僕たちは土手を渡ってひとまず河川敷に降り、活発な応援が飛び交う少年野球の紅白戦に目をやった。ボールがミットに収まる。ストライク! バッターアウト……
 あらかじめカメラに装着しておいたレンズの蓋を外し、ファインダーを覗き込んでみた。ぼやけた景色が目の前に広がり、シャッターボタンを軽く押すと、ピントが合ってクリアな世界に変わる。川向こうにレンズを向け、適当なところでシャッターを切った。小気味いい音がして、スクリーンに撮ったばかりの写真が表示される。
「見せて見せて」
 顔を寄せてきた春子さんにスクリーンを見せた。
「ははぁ〜。やっぱりうん十万のカメラだけあるね〜」
 僕は聞こえないふりをし、再びファインダーを覗き込んだ。
 でも確かに春子さんの言うことは当たっていて、まったくの素人である僕が構図も絞りもそこそこにシャッターを切っても、それなりに絵になる写真が撮れた。ただ遠くを撮るのには限界があって、こんなことなら最初から望遠レンズも買っておけばよかったと思う。
 僕が早くも次のレンズの試算を始める傍ら、春子さんは川の水に手を浸したり石を投げたりして遊んでいた。僕はそっとその場を離れ、夢中で石を選んでいる後ろ姿をファインダーに収めた。彼女に焦点を合わせ、シャッターを切る。……パシャ!
 気配を感じたのか、ふと春子さんがこちらを振り返った。カメラを向ける僕に気づき、手に持っていた小石をぽとりと落とす。それから両手を広げ、満面の笑みでダブルピースを浮かべた。近くにいたカップルが、くすりと笑い声を漏らす。
「なんだかなぁ」
 思わず苦笑し、嬉しそうにピースサインを送る彼女をファインダーに収めた。河辺に生い茂る緑のなかで、彼女だけが鮮やかに浮かび上がって見える。
「……ま、いいか」
 春を隣に控えた空はわずかに霞み、ぼんやりとした光を落としていた。その平凡で幸福な光の下でシャッター音が響き、僕たちの日常を切り取った。