海水浴
実は僕は生まれてから一度も海水浴をしたことがない。
海水浴に行くようなアウトドアな家庭ではなかったし、誘ってくるような友達も少なかったからだ。そしてたまに誘われても、僕は頑なに断っていた。だって、田舎の綺麗な海ならまだしも、都会のよどんだ海にわざわざ出かけるなんて、面倒ではないか。おまけに海はべとべとで、海水浴に行くと必ず砂まみれになると聞く。そこまでして海に入りたくない。それなら家に籠もるほうがマシだ、と思っていたのだ。決して泳げないからとか、そういう情けない理由ではない。断じて。
しかしその僕も、いよいよ観念するときがきたようだ。というのは、いまから鎌倉に一泊してくるからである。大学の友達で鎌倉に住んでいるやつがいるのだが、その友達の家に泊まりに行くのだ。そして、天気が良ければ海水浴をすることになっている。
その友達の家に泊まりに行くのは毎年恒例のことで、たぶん今回で三回目か四回目のはずだが、まだ海水浴をしたことはなかった。じゃあ何をしていたのかというと、砂浜で戯れたり、花火をしたり、家でCDをかけて踊ったりしていたのだ。友達宅はとにかくCDが豊富だったため、お酒を飲むときはいつも何かしらの音楽、たとえばはっぴいえんど*1やビーチボーイズやサザンや達郎やYMOをかけていた。そして酔いが回ると踊っていた。
メンバーはいつも同じで、僕を含めた男子三人と女子二人だった。みんなとても良い人たちで、懐メロを愛し、酒を愛していた。はっぴいえんどを愛していないのは僕だけだった。サザンを愛していないのも僕だけだった。達郎やYMOは好きだったが、ビーチボーイズは「Surfin'U.S.A.」*2しか知らなかったし、懐メロといえばオフコースだった。
そんな僕なので、みんなといるときは引け目を感じていた。
引け目を感じるのは何も音楽の趣味が違うからだけではなく、たとえば酒に酔ってはしゃいでいるときも、僕だけ静かにソファに座っているからだった。はしゃぎたい気持ちはあるのに、羞恥心が勝ってできないのだ。それに僕は、酎ハイとビールがあまり好きではなかった。
みんながはしゃいでいるなかひとりソファに座っていると、いつも誰かしらが気を遣って話しかけてきてくれた。退屈しているように見えたのだろう。でも、僕は決して退屈しているわけではなかった。楽しんでいるとまではいかないにしても、はしゃいでいるみんなを見て楽しい気持ちを分けてもらってはいたのだ。でも、みんなが酔いにまかせて踊っているなか、ひとりぽつんとソファに座っていれば退屈していると思われて当然だった。
そして僕は、それが非常に申し訳ないのだった。
ところで僕は正午に現地に行くと伝えていた。この文章を書いているのは午前十一時半だった。どう考えても間に合わない。こんな文章を書いている場合では無いのだった。
というわけで、いまから急いで準備して、鎌倉に行ってきます。記事が中途半端なところで終わっているのは、それだけ僕が焦っているからです。ごめんなさい。