神無月のこと、それと便座カバー
高校二年生の時、Kと同じクラスになった。Kは神無月○○という中二病全開のペンネームでケータイ小説を書いていたため、クラスの皆からおもしろがってその名で呼ばれていた。なのでここでもKのことを神無月として話を進めたいと思う。ちょうどイニシャルも合うし。
神無月はそのペンネームからもわかるようにいじりがいのある人物だったので、皆からは蔑まれつつもいじられキャラとして重宝されていた。僕はそのころ囲碁将棋部*1に所属していたのだが、高二の時に神無月が入部してきたため、僕たちは話をするようになった。そしてどういうわけか、僕は彼にとても懐かれてしまったのだ。
知り合って以来、神無月は通学路で僕を見かけるとどんなに離れていても全速力で走って声をかけに来、それどころか時間と経路を合わせてまで僕と登下校しようとし始めた。高校時代の僕は登下校時にイーグルスのアルバム『デスペラード』を聴きたいがためにあえてまわりと時間、通学路をずらして普通ならバスで行くところを三十分かけて歩いていたため*2、神無月のこの行為は正直に言って非常に迷惑だった。露骨に声かけを無視しても彼は僕がi-Podを聴いているために声が聞こえなかったのだと思っていつも全速力で走ってきてくれた。
誤解を避けるために書いておくが、僕は別に彼のことが嫌いなわけではなかった。それどころかこんなにも素直に好意を表してくれる彼に対して、僕のほうでも少しくすぐったいようなやっぱりちょっとうっとうしいような特別な友情を感じていたのだ。その彼に対して露骨に迷惑そうな態度を取ったのは、ひとえにひとりの時間を邪魔されたくなかったからだった。声をかけてきたのがどんなに仲の良い友達だったとしても、僕は同じ態度を取っただろう。
というか、あんなにも付き合いの悪い僕にどうしてあそこまで懐いてくれたのか、いま考えても謎である。もともと神無月には人懐こいところがあったけれど、それにしても。
ところで、いまこうして神無月のことを書いているのは、ふと彼に言われた言葉を思い出したからだ。
「うみやって、春原に似てるよな」
春原というのは、CLANNAD*3に出てくる春原陽平のこと。主人公の親友で、いろいろとダメな奴だけど、友達想いの根はまっすぐなあの春原だ。
当時僕はCLANNADといえば「それと便座カバー」*4をかろうじてネタとして知っていたくらいで、もちろん春原がどんな人間なのかも知らなかった。
神無月は自分の喩えに興奮したようにまわりの人間にも「うみやって春原にちょっと似てるよな」と言いふらしていたが、誰からも賛同は得られていないようだった。僕は大学二年の時、初めてCLANNADを見た。その上で思う。
似てねぇ。全く似てねぇ。
騒がしいところもお馬鹿キャラなところも腕っぷしが強いところも友達想いのところも、全く似てねぇ。似てるところがねぇ。
神無月が何を思ってそんなことを言ったのか、僕の乏しい高校時代の思い出のなかの最大の謎だ。似てるところといえばいろいろとダメなところしか思い当たらないけど、そうなのか、そういうことなのか。
とはいえ友達想いの春原に重ねてくれていたのだと思えば、光栄な話だ。大学に進学してからは一度も会ってないけど、元気だろうか。いつか会う機会があれば、その言葉の真意を聞いてみたいと思う、それと便座カバー。