異動/水槽/鳥

帰ってくるなり、羽田さんが異動になった、と妻のさと子は言った。そうなんだ、と相槌を打ちながら草介が料理を温めているあいだも、ソファに腰かけてじっと考え込んでいる。これはだいぶ落ち込んでいるな、と草介は思う。羽田さんは妻が新卒で配属されたと…

秋/深夜の道路/音楽/如雨露

明大前で飲むときはいつも終電を逃した。逃す、というか、ほんとはぎりぎりまで気づかないふりをしているだけなのだけど、気づいているのかそうでないのか、ヨモギさんはいつももう終電がないと知らされると、「じゃあ歩けばいいね」と言って歩き出すのだっ…

『花束みたいな恋をした』/京王線の思い出

『花束みたいな恋をした』のDVDを観た。出てくる小説、音楽のことごとくが自分の通ったもので、恥ずかしくなるほどだった。ただ、映画内に出てくるコンテンツについて語ろうとすると「これ聴いてたわ〜 (読んでたわ〜)」しか言わなくなりそうなので、ここで…

甘えと弱音

この2日間、仕事を休んだ。 職種柄、連日で休むなんてありえず、休むにしても最低限の伝達をチームにしないといけないのに、当日の朝に電話して、ただ「体調不良で休みます」とだけ伝えて逃げるように電話を切った。嘘だ。「発熱したのでPCRを受ける」なんて…

父に似てきた

自分でも話を聞いているつもりで右耳から左耳に抜けているときがあるし、疲れているにもかかわらず帰宅と同時に料理を始めて手の込んだごはんを作りがちだし、彼女に何かいわれたらとりあえず「へけっ」とハム太郎になってやり過ごしたりしている。へけへけ…

プラットフォームからは都庁が見えた

緊急事態宣言を受けて、また授業がオンラインになった。 春からの経験でオンライン授業には慣れてきているものの、授業で映すパワポのスライド作りはやっぱり大変で、通常の授業準備よりも大幅に時間を取られる。 通常の授業だけでなく、長期休み中の講習や…

IKEAがわるい

久々に帰宅した一人住まいのアパート。照明をつけると、部屋の奥には見るも無残に砕け散ったベッド。いや、砕け散ったといっても、さすがに枠の部分は残っている。が、マットレスを置く底板のすのこがばらばらに床に広がり、無用の長物と化している。心情的…

電車について【思索1】

きみの書く小説はいつも電車に乗っているね、といわれた。 ぜんぜん意識したことがなかった。思い返してみて、驚いた。たしかに多くの習作で電車が走っていた。いま書いている話も、中央本線で甲府に行くシーンから始まっている。 ぼくはべつに乗り鉄でもな…

華氏451度の世界で本を読んだ?

「先生、この期間に小説書けるんじゃないですか」 新学期の開始がGW明けに決まったとき、職場のひとにいわれた。 実際にはそれからも分散登校があったりオンライン授業の実施が決まったりと、なんだかんだでやることはあり出勤もしていたわけだが、それでも…

多摩川:祈るように見つめた光

東京の川と聞いて真っ先に思い浮かぶのは隅田川だろうが、規模からいえば埼玉との境にもなっている荒川や南部を流れる多摩川のほうに分がある。小学五年に上がる春に東京に越してきて二十五で実家を出るまでの十四年間、ぼくが暮らした町には多摩川が流れて…

少年ジャンプみたいな結論

昨日から、無関係なひとにストレスを与えられる出来事が続いて萎えている。 いきなり不穏な書き出しですが、なぜか知らないけどこういうことが続くときがあって、まあどれも取るに足らない出来事なんですが、修論その他諸々でまいっているときはけっこう身体…

今はおれ25 ハマショーにはまる

ハマショーええわあ。 心酔してるandymoriは別として、サニーデイ・サービスやLampなど、一般に渋谷系とかシティ・ポップといわれている音楽が好きなのですが、25になって突如ハマショーにはまりました。我ながらよくわからん。 「ラストショー」がいちばん…

アーキテクチャ断想

10/30 (火) 午前、某区荒川土手 河川敷を見下ろすベンチに座り、煙草を吸う。 空は青く澄んでいて、対岸にはビルが見える。 靄が晴れた……いや、幕が上がった。ステージに立たされた僕は丸腰で、急に開けた視界にどう振る舞えばいいかわからない。 だから、何…

デクレシェンド

駅のトイレで倒れてからあと少しで一年が経つ。昨九月末、友人のKとバーで一杯だけ飲んで別れた僕は下り電車が来るのを待っていたのだがアナウンスが響き電車が滑りこんできたとたん、急に具合が悪くなりぐらぐら揺れる視界でトイレに向かうも途中の廊下でホ…

涸沢に登ってきた

お盆真っ只中の8月12日〜13日、北アルプス涸沢に行ってきました。今回はその記録です。 まえがき 同行者は、先月、奥多摩氷川キャンプ場にも一緒に行った川井くん。 じつはぼくは涸沢には去年別の友人と登っているのですが、川井とも前々から北アルプス行き…

憧れの槍ヶ岳【振り返り編】

【振り返り編】が見当たらない、というご指摘を受けて、下書きでボツにしていたのを改稿しました。槍ヶ岳登頂から二年が経過しましたが、書いている内容じたいは下山後すぐにメモしたことです。 この【振り返り編】では、初心者のぼくが実際に北アルプスに行…

5月に読んだ本

いつの話やねん、っていうね。いちおう途中までは書いてたんだけど、最後二作の感想がどうしても書けなくて、気づけば8月になってしまった。 11枚のとらんぷ (角川文庫) 作者: 泡坂妻夫 出版社/メーカー: KADOKAWA/角川書店 発売日: 2014/06/20 メディア: 文…

夏の二日間【奥多摩氷川キャンプ場】

2018年7月24日 (火) 9時前に家を出る。20分ほど歩いて駅に行くと、既にシャツが汗で湿っている。日中の熱射を思い、構内のコンビニでポカリを買う。 立川でKと合流。青梅線に乗り換え、久方ぶりの奥多摩へ。後で考えてみると、奥多摩に行くのは去年の盆、雲…

4月に読んだ本

ふだん、読んだ本の感想は読書メーターに書いているのだけど、修士2年になると就活やら修論やらで忙しくて、という口実で、ぜんぜん書いていなかった。読んでそれきりになっていた。 ぼくはインプットが過剰になると言葉が出てこなくなる。だれかと話してい…

そうだ 鎖場、行こう。【岩殿山登山】

「最近、体調どう?」 「うーん……。前に比べたらマシにはなってきてるけど、万全ではないなあ……」 「そっか」 「うん。だからさ、……崖、行かない?」 16May2018 (Wed.) というわけで、JR中央本線の大月駅にやってきた。iPhoneの天気予報は今日が真夏日である…

川の畔で寝転んで、東京の空を仰ぐ

夕さり時、仕事終わりの川井と待ち合わせて、ぼくらは多摩川をめざした。 河川敷はテントが一張りあるだけで、静かで、暗かった。 ぼくらは川のそばにシートを広げ、腰を下ろした。 たんまり買い込んだ食材は、あっさり食べ尽くしてしまった。 川の畔で食べ…

雑記

きょうは7時半に起床。夜更かしが祟ってか、体調悪し。余っていただしで雑炊を作り、梅干しを入れてたべる。読みかけの『ニューロマンサー』を読む気にならなくて、本棚でねむっていた関口尚『潮風に流れる歌』を読む。11時頃読了。中高生の頃はすなおに楽し…

僕たちはどう生きるんだろうね

テレビをつけたらヒカキンが映っていた。 NHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』で、「新しい仕事」をテーマにした回だった。なんとなく見ているうち、東浩紀の小説を思い出した。たしか『新潮』か何かに発表されていた掌篇だが (調べてみたら『文藝』2014…

僕は青春ミステリが嫌いなのかもしれない

大学に入学したてのわずかなあいだ、ミステリクラブに所属していた。ほかの文芸サークルとの掛け持ちで、半年も経たずにやめてしまってからは、ミステリから遠ざかり、専ら「純文学」と呼ばれる小説ばかり読んでいた。 ミステリから遠ざかったのは恩田陸のせ…

今夜はスマホを置いて寝よう

鴻上尚史さんの『孤独と不安のレッスン』を読んだ。 少し肩の力を抜きたいなと思っていたときに、図書館で見かけたのだ。 鴻上さんは、孤独には「本当の孤独」と「ニセモノの孤独」があるという。 この本は、「孤独の価値と素晴らしさ」を語った本です。その…

切り捨てがプラスになることはほとんどない

昨夕、先生からぼくの歌が歌会でいちばん票を集めたとメールがきた。歌会というのは参加者が持ち寄った歌を無記名で印刷し、どれが誰の歌か判らない状態で気に入った歌に投票するという催しだ。 既に何度も書いているように、ぼくは昨年の九月末から胃潰瘍と…

フォトジェニックの午後

出かけよう、出かけようと気持ちだけは焦りながら、だらだら過ごしてしまう日が続いた。トートバッグの中身をリュックサックに移し、思いきって電車に乗った。 夏への扉で珈琲を飲んだ後、青梅丘陵を少し歩いた。足を止めた東屋から、うっすらと筑波山の輪郭…

たしかぼくの敬愛するショーペンハウアー先生も健康の維持が大切だ (幸福の第一条件である人柄が傷つけられないために) といっていたと思いますが、2017年はそれを身をもって思い知らされた一年でした。もう何度も書いてますが、9月末から体調を崩し、今なお…

ほんの少しでも立ち止まっていればよかったのに日記

12月25日。世間はクリスマスだけど、ぼくにとっては学会論文の〆切でした。 本当は昨日のうちに脱稿する予定だったけど、お腹が気持ち悪かったので、先送りにしました。 論文自体は書き上げており、あとは細かい点の修正や脚注の見直しだけすればよかったの…

紅葉の森の満開の下

隆起した岩畳にかこまれて、目の前を青緑の川水が流れていた。 抜けるような青空から降り注ぐ日射しは、もう秋の光。向こう岸には黄、橙、赤と色づいた梢が腕を広げ、深緑のままの梢も、そっと佇む。 そこだけ突きだした岩畳の崖に立ち、水飴のような川水を…