創作

異動/水槽/鳥

帰ってくるなり、羽田さんが異動になった、と妻のさと子は言った。そうなんだ、と相槌を打ちながら草介が料理を温めているあいだも、ソファに腰かけてじっと考え込んでいる。これはだいぶ落ち込んでいるな、と草介は思う。羽田さんは妻が新卒で配属されたと…

秋/深夜の道路/音楽/如雨露

明大前で飲むときはいつも終電を逃した。逃す、というか、ほんとはぎりぎりまで気づかないふりをしているだけなのだけど、気づいているのかそうでないのか、ヨモギさんはいつももう終電がないと知らされると、「じゃあ歩けばいいね」と言って歩き出すのだっ…

電車について【思索1】

きみの書く小説はいつも電車に乗っているね、といわれた。 ぜんぜん意識したことがなかった。思い返してみて、驚いた。たしかに多くの習作で電車が走っていた。いま書いている話も、中央本線で甲府に行くシーンから始まっている。 ぼくはべつに乗り鉄でもな…

雪野原【創作小説】

ある日、授業を受けるために大学へ行くと、一面の雪野原になっていた。 つい昨日まで大学棟があったはずの場所が真白に染められ、初冬の清澄な日射しを受けた雪が眩しく照り映えている。高高と突き立っていた三十三号棟が無くなったためか、空がやたらと広い…

ローズバッド【創作小説】

私はこいのぼりが好きだ。春の柔らかな風にそよそよと吹かれているようすは、見ているだけで癒やされる。ふっとからだから力が抜けていき、どこか懐かしい気持ちになる。 今朝になって街のこいのぼりが一斉に撤去されたのを確認して、しかたのないことだとは…

春隣【創作小説】

ずっとほしかった一眼レフを買ったので、日曜日の午後、さっそく外に撮りに行ってみることにした。近所の河川敷に出かけると言うと、春子さんが「私も、私も行く!」とあわてたように繰り返すので、一緒に出かけることになった。 僕と春子さんは一緒に家を出…

プルシアンブルー【創作小説】

雨の音を聞いていた。 開け放した窓の外で、春の雨がぽとぽとと降る。昨日の夜から、絶え間なく降っている。この分じゃ、桜も散ってしまうだろう。 画布には、夕空の下で満開の桜が描かれていた。下塗りには、その時々の絵で主役にしたい色を隠すことに決め…

光る砂【創作小説】

まだ五歳になったばかりの冬、光る砂を拾った。 大雪の降った日の翌朝のことだった。私は祖母に連れられて、雪化粧を施された裏山を歩いていた。すると、なぜか一カ所だけ雪に埋もれていない場所があった。そこで光る砂を見つけた。 その砂ははじめ黄金のよ…