これからのこと

ふがいない院生は空を見た

デクレシェンド

 

 駅のトイレで倒れてからあと少しで一年が経つ。昨九月末、友人のKとバーで一杯だけ飲んで別れた僕は下り電車が来るのを待っていたのだがアナウンスが響き電車が滑りこんできたとたん、急に具合が悪くなりぐらぐら揺れる視界でトイレに向かうも途中の廊下でホワイトアウト、タイルで埋まっていくように戦えるポケモンがいなくなったように真っ白になり、数瞬のあいだ意識を失った。激しい嘔気と個室で戦い死ぬ気で電車に乗り這々の体で帰宅したその日はまだ、悪酔いしたのだと思っていた。しかし同じことが何度か続くうちひとえにアルコールのせいとも言えなくなりそれどころか酒を入れてなくとも嘔気や眩暈に襲われるようになり家から出られなくなって内視鏡を受けたのが十二月。既に病院には行っていて逆流性食道炎胃潰瘍が疑われていたが内視鏡で分かったのはやはり食道や胃腸がぼろぼろになっているということでおまけにピロリ菌が大量発生していることも判明した。

 投薬治療により胃酸が迫り上がってくるような感じは収まりようやく嘔気と気鬱から解放されるかと思われたがいっこうに良くならず、電車や飲食店、人の多い場所に行くととたんに倒れそうになる。ふりだしにもどるとはこのことだと僕は思い、これで治ると思っていたから失望は尚更だった。あらためて自分のこの嘔気は何なのか。眩暈は何なのかと考え、エコーでもレントゲンでも内視鏡でも、新宿駅で二進も三進もいかなくなって救急車で運ばれたときの諸検査でも原因は見つからなかったし、となると残りは神経、自律神経じゃないかという考えに至った。

 それからは必ず朝八時に起き、日光を浴びるために三十分ほどの散歩、必ず三食の食事、と夜型だった生活リズムを徹底的に見直した。症状はある程度改善したが、ある程度止まりだった。七月末、もういちど市立病院に行き、父が以前お世話になった先生の診察を受けた。機能性胃腸不全だと思います、といわれた。

 自律神経じゃないか、という自分の考えはやはり遠からず当たっていたわけで、いまは若い人もかなり多いのだという。「まずは一ヶ月これを飲んでみてください」逆流性疑惑のときも飲んでいた胃腸系の薬と漢方を処方された。漢方は自律神経に働きかける薬で、はっきりといわれたわけではないが穏やかな抗不安薬と自分では理解している。漢方ゆえ即効性はないが、副作用も少ない (もしくはない)。

 薬は今まででいちばん効果があった。食べ始めや食後に必ず襲った嘔気、眩暈が徐々に弱くなり、今では自宅だとふつうに食事がとれるようになった。外食のときのしんどさもマシになってきている。

 電車やバスにも乗れるようになった。ひどいときにはホームに入ってくる電車を見ただけで目が回って吐きそうになっていたのだからすごい進歩だ。ただもう完璧にだいじょうぶというわけにはいかなくて、朝起きたときから今日は電車乗んのキツいな……という日もあるし、乗ってから気分が悪くなるときもある。むしろ大きな進歩は、気分が悪くなったときにどうにかその状態で耐えられるようになってきたということだ。以前はそうした気分に襲われるたびにこの世の終わりみたいな絶望感がのしかかりただでさえ生気のない顔を更に青ざめさせていたのだが今は、「畜生また来やがった、あーキツいなどうしよう、次の駅で降りようかな、いや、もうひと駅だけ様子見るか……」というふうに調子が悪いなりに心拍数を維持していることができる。これは電車に限らず飲食店や街に出たときも同じで、もちろん「もう無理っす」となって電車を降りたり店を出たりするときもあるのだが、嘔気が膨張して鼓動が早まって倒れそうになる……という事態はなくなった。一ヶ月の投薬が終わり、新たに二ヶ月分の薬を貰いに行ったとき先生は、「波はあると思うけどその波もだんだん穏やかになって少しずつ耐えられるようになってくるから」といった。その波の満ち引きを僕は今、比較的静かな気持ちで聞いている。

 

 

 一年に近い時間をこうした状態で過ごすと、どういったときに快調になりやすくまた不調になりやすいかが分かってくる。まず前提も前提だが、安心できる空間か否か、というのが快不快の針を左右する最も重大な要素である。たとえば家族の他だれもいない自宅は最も安心できる空間だ。この安心は「仮に気分が悪くなっても誰にも見られない」という意味だと自分では解釈している。なので人が多い空間、たとえば駅、交差点、ショッピングセンター、電車……などは今でこそへいきなものの以前は本当にしんどかった。特に電車やバスといった乗り物は最悪だ。これは「逃げられない密閉空間」だから。同じ理由でエレベーター、テスト会場などもしんどかった。

 一緒にいる人の存在も重要だ。気の置けない人物か、僕の体調が安定しないことを知っていて仮に不調になってもフォローしてくれる人物か、不興がらない人物か。一緒にいる人が自分にとって安心できる人物であればあるほど不調になりにくく、そうでないほど不調になりやすい。

 逆に、快調に導く要素はあるのか。ある。ひとつに、適度な緊張感。緊張感とは不安やストレスのことだから矛盾するようだが、まったく緊張感のない場面よりも、ある程度それが感じられる場面の方が実体験として体調が良い。たとえば登山やバイト。このブログにも書いたが僕は今月盆、友人のKと北アルプス涸沢に登った。体調が安定しない中での山荘泊は不安で一時は無理じゃないかとも思ったが行ってみると、むしろふだんよりも快活で下山した後も山に行く前より体調が良かった。バイトも同じで、山から下りた翌々日から始まった夏期講習、初日は思わず塾の扉の前でへたりこんでしまったが教室に入り、生徒二十数名を相手に話しているうちに嘔気は遠のいて朝から夕方まで授業、終わってからは教員採用試験の二次に向けた準備ととにかくハードな日々だったが、今まででいちばん調子が良かったように思う。塾には僕が唯一好感を抱いている正社員のN先生がいて、そのNさんもまた学生のころ自律神経を崩したという人だった。長らく体調を崩しているとこぼすと「自律神経?」と聞かれ驚いた僕はつい自分の症状を話してしまったのだが、Nさんはうなずいて、「電車とか、密閉して逃げられない空間つらいよね」。「そうそう!」思わず興奮してしまった。全身の凝りがほぐれるような思いだった。そのとき初めてぼくは、どうやったって言葉じゃ伝えられないということが苦しかったんだと理解した。Nさんの場合は自律神経を崩した明確な理由があった。それはここでは書かないが、時が経ってそのしこりがだんだんほぐれ、向き合えるようになったのが回復につながったという。またある程度の緊張感、やらなければいけないタスクがあったほうがかえって楽で、何かに打ちこんで自信を取り戻していくのが回復に至る道のりじゃないかなといわれた。

 Nさんにはバランスを崩す明確な出来事があった。では、僕にとっての原因は何なのだろう。漠然と思い当たるのは三つ。

 まず、将来への不安。就活もせず無為に過ごした大学四年生に、いよいよ選択を迫られた大学五年目。大学院に進学することを決断し無事合格すると不安もなりを潜め修士一年の昨年は環境の劇的な変化、目まぐるしい日々に不安も消えたかと思われたが春学期が終わりすなわち一年目の半分が過ぎ徐々に進路のことも考えなくてはいけないとなって再び不安が昂じ、それが今の症状につながっているのではないか。

 二つ目。最初に倒れるときまでの不摂生。ひどいときには三日に一度くらいのペースで終電だったし朝帰りすることも多かった。終電を逃してカラオケでオールしたその足で友人と合流し伊豆旅行に出かけたこともあった。毎日酒を飲み煙草を吸いまくっていた。あれが祟ったんじゃないか。

 最後……は、割愛。いずれにしろ大きいのは上記二つと思われる。

 

 

 今日は朝から隣の町に出かけた。本屋と図書館に行ったあとカフェに入って読みかけのテッド・チャンあなたの人生の物語』を進めようとしたが喉の異物感が消えず、それでもせめて一篇は読み終えようとしたがそんな状態ではどのみち集中できないので諦めて店を出た。バランスを崩して何がつらいか。春くらいまでは「何が」もくそもなく常時吐きそうだった。だからこれは贅沢な問いだ。つまり、快調になってきたからこそつらいことが何か選別できる。いちばんしんどいときはそもそも家から出られないしもちろん登山もバイトもできない。

 今つらいのはやはり、喫茶店に居づらくなったことだろう。なんだそんなことかと思われるかもしれないが、要は屈託なく外出できなくなったということだ。僕は喫茶店巡りが趣味で日々ネットや本で気になる店を見つけては訪れていた。コーヒーも大好きだしそこで本を読む時間も好きだ。煙草が吸えたら至福といっていい。だがかなり良くなってきている今でもノンストレスで喫茶店にいることはできない。今日のようにコーヒーを残して席を立ってしまうときもある。外出するハードル自体上がっているので遠方の喫茶店はもちろん近場の慣れ親しんだ店に行くのにも体力気力がいる。まだ何の気負いもなくコーヒー・ブレイクを楽しむというわけにはいかない。

 でも、以前の僕は本当に何のストレスもなく外出していたのだろうか。最近思うのだが、完全に何のストレスもない状態というのはあり得るのだろうか。自宅で静養する。それは限りなくストレスがゼロに近い状態かもしれないが、既に書いたようにある程度の緊張感があった方がかえって調子が良くなるし、だからこそそうした状態に身を置いていないことのストレスが存在する。では登山やバイトなどの適度な緊張感がある場面が最善かと聞かれれば、確かに具合は良くても不安感はつきまとうし、些細なキッカケで快不快のメーターは反対側に振り切れるかもしれない。じつは人には完全にノンストレスの状態なんかなくて、徹夜明けの二日酔いでも吉野家に入れたのにと「健康だった自分」として思い出される僕も、ともすれば脳裡に掠める嘔気、眩暈を抱えながら、ただそれを必要以上に意識していなかっただけではないのか。倒れる前と後とで違うのは身体の不調どうこうというより、頭痛を抱えながら吉野家に入る図々しさ、鈍感さの有無じゃないか。気分の悪さに対する耐性の幅ではないか。あるいはこの鈍感さ、耐性の喪失こそこの場合の不調といえるのかもしれない。

 

 

 以上、好不調の波とにらめっこしつつ考えていたことを文章にしてみた。書くのを忘れていたが、この好不調の波は文章の理解度と正比例する。よく鬱病になると本が読めなくなるというが、おそらくメカニズムは同じだろう。具合が悪いときはぜんぜん本が読めない。内容が頭に入らず、何度も同じ行を苛々と読むはめになる。逆に具合が良いとき、落ち着いているときはすらすら入ってくる。この一年では圧倒的に不調のときが多くてろくに本が読めず自分のあまりの理解力のなさに絶望しかけていたが、最近、また少しずつ読む速度が上がってきていて、はじめのうちはそのあまりの順調さに驚いたのだが、よくよく考えてみればそれはかつての自分の読書スピードなのだった。僕は元から決して本を読むのが速くはなくむしろ遅読だが、それでもかなりの速度感があった。この先、少しずつ頁をめくるスピードが速くなっていくのだと思うと、それだけで空が開けてくるような、明るい気持ちになる。

 

 

涸沢に登ってきた

 

お盆真っ只中の8月12日〜13日、北アルプス涸沢に行ってきました。今回はその記録です。

 

まえがき

 

同行者は、先月、奥多摩氷川キャンプ場にも一緒に行った川井くん。

 

 

じつはぼくは涸沢には去年別の友人と登っているのですが、川井とも前々から北アルプス行きたいねという話はしていて、で、「いちど涸沢に行ってみたい」とのことだったので、今回また登ることになったわけです。

 

立てた予定は11日夜のバスで上高地に行き、12日の早朝から登り始めて涸沢ヒュッテで一泊し、13日に下山して帰宅するというもの。本当はどうせ行くなら二泊して奥穂高に挑戦したかったんですが、社会人の川井は休みが限られているし、僕も僕で18日に東京都教員採用試験の二次試験が控えていてさすがに二泊する気にはなれなかったので。

 

また、僕は相変わらずお腹の不快感、喉の異物感、吐き気に悩まされていて、市立病院で診察を受けた結果、機能性胃腸障害だろうという見解に落ち着いて投薬治療を開始、少しはマシになってきていたのですが、やはり電車・バスなどの密閉して逃げられない空間、食べ始め・食後はしんどくて、体調的にも二泊できるか……という不安もあった。というか、行く前は夜行バスが不安で不安で仕方なかった。が、どうしても北アルプスに行きたかったし、川井はぼくが昨年秋に体調を崩し出してからずっと理解して身体を気遣ってくれている友達なので、そうしたことが心理的ハードルを下げてくれた。

 

もともと、ぼくは夜行バスで眠るのが苦手で、これまで体調に問題がなかったときでもろくに眠れないのが常でした。で、肩こり&寝不足による頭痛でげっそりした顔になってバスを降りるという。

なので、今回は夜行バスで出来るだけ快適に過ごせるよう、100均グッズも揃えてみました。

 

出発

 

22:25新宿バスタ発のバスに乗るため、21:40新宿南口にて集合。……のはずが、いきなり電車に乗り遅れ、10分遅れの21:50に到着。集合時間早めにしといてよかった……。

 

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さすがは盆というべきか、バスタはかなり混雑していた。(USJに行くバスとかあるんですね……)

 

22:15、乗車案内が始まり、バスに乗りこむ。ラッキーなことに、ぼくらはいちばん前の席だった。ぼくはさっそく持参した100均グッズを取り出した。

 

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エア枕、アイマスク、耳栓

 

ダイソーで売っていた。枕は空気注入型よりも元から膨らんでるやつのほうが心地良さそうだったが、グラム単位で荷物を減らしたい登山に持っていくのは無理やから……。

アイマスクは、「蒸気でホットアイマスク」を使うひとなんかもよく見かけるけど、自分はあれ苦手なので、いたってふつーのやつ。

あと、忘れずに酔い止めも。今回は酔い止めに限らず、ふだん飲んでいる薬、頭痛薬、胃腸薬と各種準備してきた。出番があるかどうかは別として、持っているのといないのとでは安心感が違う。

さて、効果はあったのか。

ありました。最初は「エア枕ないほうがかえって寝やすいんじゃないか……」と思ったりもしたけど、慣れたらフィットするし、肩が凝らない。アイマスクと耳栓も、夜行バスで気になる光と音をしっかり遮断してくれた。

 

上高地に行くさわやか信州号は談合坂SA、諏訪湖SAで二度のトイレ休憩があり、ぼくは去年も一昨年も全然眠れなくてひとりバスを降りたりしたのだが、今回は諏訪湖SAに着いたときには眠りについていて、川井は声をかけてくれたらしいが気づかなかった。それくらい、効果があった。

 

登山

 

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5:30、上高地バスターミナル到着。

トイレ、着替えを済ませ、梓川沿いを進む。

 

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河童橋でザ・上高地!な写真を撮る。曇っていて背後に聳えるはずの穂高連峰は見えない。

 

上高地から目的地の涸沢まではコースタイム6時間10分。横尾までは梓川に沿った緩やかな道を上高地→明神、明神→徳沢、徳沢→横尾と約1時間ごとにポイントを経つつ進み、横尾からは本格的な登りが3時間続きます。

 

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7:25、明神

 

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8:25、徳沢

去年は『氷壁』を読んだばかりで、徳沢や横尾に到着するたびに感動してたなあ。

 

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9:25、横尾

横尾山荘はカレーがおいしい。

さて、横尾からはいよいよ本格的な登りです。

 

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横尾は涸沢・穂高方面に行くか槍ヶ岳に行くかの分岐点でもあり、涸沢・穂高方面に行くには横尾大橋を渡ります。

 

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この日の予報は曇り時々雨。

涸沢に着くまでにどうにか持ってくれ、と願いながらの登山でしたが、やはり降ってきました。ザックにカバーをかけ、レインウェアを着込む。本降りにはならず、弱い雨が降ったり止んだりで済んだのは助かりましたが、それでも雨が降ってるとふだんの倍疲れる……。レインウェイが蒸れるのと足場が滑るのと、何より展望がないのがつらい。

登りがいよいよしんどさを増してきたのもあり、黙々と登りました。

 

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12:30、涸沢ヒュッテ到着。

まず宿泊受付を済まし、荷物を置いた後、楽しみにしていた名物のあれを注文します。

 

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涸沢といえば、おでん。

ふだんはあまりビールを飲まない川井も、疲れを癒やす味と絶景に満足そう。ぼくは今回はビールは飲みませんでしたが、やっぱここで食べるおでんは最高だなあと思いました。

なお、川井はカレーも食べていた。ぼくも去年食べたけど、超うまいよね。

 

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にしても、晴れないかなあ。。。

今回は重量カットでジェットボイルもクッカーも持ってきていないし、やることがない。与えられたスペースで布団を被り、眠る。本当は登ってすぐに眠るのは高山病対策の面から見てよろしくないのだが、つい。

涸沢は (というか徳沢あたりから) 電波もほとんど繋がらないので、スマートフォンも使わず。これぞほんとのデジタルデトックス

 

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17:15、晩ご飯。

消灯時刻は21時。今この文章を書きながら、その間何したっけ?と考えているのだが、浮かんでくるのはぼんやりとした感触ばかりで、あまり思い出せない。

でも退屈したという記憶はまったくないんだよなあ。たぶん、眠ったり外に出たり、要は何もしなかったのだと思うけど、今思い出そうとしても満たされるというか、ただ「いい時間だったなあ」と思う。

 

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夜のテントは綺麗だ。

この時、一瞬だけ空が晴れて、雲の切れ間に所狭しと燦めく星々が見えた。皆が空を見上げ、ほおっと息をつく。「あ、流れ星」という声も何度か聞こえた。ぼくは心がくすんでいるので見えなかった。

21時を少し過ぎた頃、何の前触れもなく消灯。昼間寝てしまったから寝つけないかもと思っていたが、青空文庫を閉じて目をつぶったら、あっさり眠ってしまった。登山ってすごい。

 

ちなみに、青空文庫では伊藤左千夫「奈々子」と吉田絃二郎「八月の星座」を読んだ。「奈々子」では勝手に堀辰雄の「菜穂子」みたいな話を想像していたからあっけにとられた。眠る前にこんな悲しい話を読んでしまった……と。一方、「八月の星座」はめちゃくちゃ好みだった。

 

 白い雲が岫を出る。白い国道が青田の中を一直線に南に走る。八月の太陽は耕作地を焦きつくすまでに燃えてゐる。幌馬車が倦怠い埃を立てゝ走る。父は葡萄畑に立つては幾度か馬車の喇叭に耳をそばだてる。東京の学校から帰る長男、県の中学から帰る次男と……田園の父にとつて八月は楽しい待望の季節である。
 わたしは故郷の父が、わたしの帰省を待ちあぐんで母や妹たちに隠れては、日に幾度となく停車場に出かけて行つたといふ話を思ひ出す。(…)

 

タイトルに惹かれて読んでみたけど、吉田絃二郎、全然知らなかったな……。今度、図書館で探してみよう。

  

下山

 

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4:30、点灯。

長袖の上にフリースとウインドブレーカーを着こみ、テラスに出てみる。

雲は出てはいるが、晴れている。モルゲンロートは見られるか。

 

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5:15 少しずつ赤くなってきた、か?

 

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5:30、染まった!

 

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もう黄色くなりかけてますね。ほんと、モルゲンロートは一瞬。

 

朝ご飯をいただき、歯磨きをして6:30出発。

 

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ヒュッテのロビーでは、皆がテレビの前に集まって天気予報を確認していた (写真はもう皆が出発した後)。

 

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8:35、横尾

涸沢から2時間で着いてしまった。やっぱ、下りは早いね。

 

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なんでそうなったのかは覚えていないが、ぼくがドラゴンボールをまったく知らないというので、川井からずっと、1巻から最終巻までのあらすじを教えてもらっていた。なんでもありかよ、というか、あまりに場当たり的過ぎませんか?と思った。

 

9:45、徳沢。たぶんまだサイヤ人編あたりの説明を聞いていた。

10:35、明神 (推測)、死んだはずのフリーザがまた出てきて?ってなってた。

11:20、河童橋 (推測)、お土産を買い、バスターミナルへ。

 

東京行きのバスが15時までなかったので、12:00発のバスで新島々に行き (13:06着)、松本からあずさで帰ることに。

 

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新島々から松本までは、上高地線で30分。13:26に新島々を出て、13:55に松本に着きます。 

松本に着いたら、さっそくあずさのチケットを購入。構内のお店で駅弁も買って、30分近く前ではありますが、席を確保すべくホームで並びます。

恐るべしお盆。始発駅だしまあだいじょうぶだろ、と油断していたら立つことになっていたかもしれません。松本で既に満席で、茅野を過ぎる頃には連結部から溢れたひとが通路にびっしり、という感じでした。

 

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そんな中、ぼくは釜飯を食っていた (が、途中から少し気分が怪しくなって、無理矢理眠った)。

16:57、立川着。ホームに降り立ち、あまりのひとの多さにめまいがする。たんびにぶつかりそうになりながら、階段へ。

 

こうしてぼくたちは日常に帰される。半ば強制的に。

 

あとがき

 

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夕方、煙草を吸っていると、一瞬だけ晴れ間がのぞいた。

 

いきなりですが、お金の話から。

槍ヶ岳に登ったときの記事を見直していて、抜けているなと思ったので。

今回、交通費宿泊費込みで使ったお金は約2万5千円。細かく見ていくと、

 

新宿から上高地までのバス代、 7400円

涸沢ヒュッテ宿泊代 (1泊2食)、9500円

上高地から松本 (電車・バスセットチケット)、2450円

松本から立川、5510円

その他飲み物代、土産代など

 

出発前に夜行バスグッズや携行食、薬などを買っていることを考えるとトータルで3万いってるかも。帰ってきて温泉にも入ったし。不慮の事態でもう一泊する可能性も考えると、少なくとも4万は持っていきたいところです (ぼくは松本で現金が尽きて、クレカであずさ代金を払いました……)。

 

さて、涸沢の感想を。

涸沢は今回が二回目でしたが、たとえば燕岳までの急登や表銀座縦走路に比べると、涸沢までの道のりは比較的穏やかである印象です。滑落の危険も少なく (油断は禁物ですが)、上高地からコースタイム6時間と非常に恵まれた条件だと思います。もちろん、涸沢からさらに登るとなると難易度は全然変わってきますが。

穂高連峰に包まれた地形、そこに星のように散りばめられたテント……。山の頂に立つ達成感とは別の充実感、ゆったりした時間が涸沢にはあると思います。

たった一泊しただけなのに、東京を発ってから長い時間が経ったような、そんな錯覚を起こさせる場所。槍ヶ岳とはまた違った非日常。

つぎに行くときはいつになるのか、来年は北アルプスに来られるのか。まだわかりませんが、今度は涸沢の先、奥穂高に挑戦したい。そして社会人になっても、こうやって友達と山にきて、息抜きができるような生活を送りたいなあ。

 

 

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憧れの槍ヶ岳【振り返り編】


【振り返り編】が見当たらない、というご指摘を受けて、下書きでボツにしていたのを改稿しました。槍ヶ岳登頂から二年が経過しましたが、書いている内容じたいは下山後すぐにメモしたことです。

この【振り返り編】では、初心者のぼくが実際に北アルプスに行って初めてわかったことについて書いていきます。

目次

・登山靴について

・持ち物について

・山の気候

・山荘の水事情

・山行の全行程

登山靴について

 

【準備編】で書きましたが、ぼくはこれまでちゃんとした登山靴を持っていませんでした。なので北アルプスに行く前に各ショップを見て回り、


けっきょく、このホグロフスの「ROC ICON GT」に決めました。この靴の特徴は、

 

・ローカット

・つま先部分が固い

ゴアテックス

Asics

 

といった感じです。  
2泊3日の表銀座縦走を終えてみて、本当に良い買い物をしたと思っています。ただでさえ重いザックを背負って歩くのに靴まで重かったらへたれのぼくはもっと参っていたと思うし、槍ヶ岳の穂先にアタックするときにもごつい登山靴だと足先や足裏の感覚が掴めなくて、岩場や梯子を登る際に苦労したのではないかと思います。もちろんミドルカット・ハイカットの登山靴に慣れている方はそっちでいいんだと思いますが、ふだん平たい靴ばかり履いているぼくとしては、少なくとも今回はいつもに近い感覚で履けるこの靴で良かったな、と。
また、槍ヶ岳から上高地に下るルートでは何カ所か沢を横切るところがあったり、ご来光を拝みに登った燕岳では暗くて気づかずに水溜まりに足を踏み入れてしまうことがあったので、防水って大事だなと思いました。この靴はゴアテックスなのでそうした場面でもまったく水が染みることもなく、快適でした。

持ち物について

 

いらなかったもの

カップヌードル
・今回の場合は現地の山荘で調達できたため、持って行く必要はなかった (ただし味の種類は豊富ではない)。
◦酸素缶
・結局、使わなかった。でも持っていれば気休めにはなるので、高山病が不安な人は持って行ったほうがいいかも (ぼくはたぶん次も持って行く)。

あればよかったもの

◦ウェットティッシュ
・山の上では手が洗えないシチュエーションが多いので、持っていると非常に便利。ぼくは今回同行者が持って来てくれたために助かった。
◦各種薬
・頭痛薬、胃腸薬、風邪薬など。あれば心強い。あと、登山口までのバスは山道を走るため酔いやすい人は酔い止めがあったほうがいいかも。
◦100円玉
・10枚用意したのだが、足りなかった。20枚くらいあったほうがいいかも。もっとも、100円玉でないと支払いができないというわけではないので、あくまでも「あったほうがいい」というだけではあるけれど……。
◦ストック (I字型)
・ほとんどの登山者はストックを持って来ていた。道によってはかえって邪魔になったり梯子を上り下りする際なんかはいちいちしまわないといけないので面倒かもしれないけど、あるのとないのとではだいぶ膝にくるダメージが違うと思う。お金に余裕がある方はぜひI字型ストックを。ぼくはお金に余裕がなかったのでストック無しで行った (そういえば去年T字型ストックを買ったけれど、ぜんぜん使っていない。どうせ買うならI字型にしておけばよかった)。

山の気候

山の天気は変わりやすいとは言いますが、まさにその通りでした。
少し霧が出てきた、雲が出てきたと思ったら、すぐに眺望がなくなり、雨が降り出す。
表銀座縦走路は雨風を遮るものがないため、出来るだけ晴れている、もしくは曇っている内に山荘まで到達したいところです。雷が鳴っても避ける場所がないし。
事前に天気予報を確認しておくのはもちろん、歩いているときも常に空の様子を気にかける必要があります。

山荘の水事情

 

無料で飲料水を提供しているか、していなくてもペットボトルを販売しているため、なくなって困るということはありません。ぼくは1Lの水筒と500mlペット×2を持っていき、なくなってからは水筒に補充しながら行くようにしました。

山行の全行程

 

08/01 (月) 
23:00 毎日新聞社出発

08/02 (火)
05:30 中房温泉到着
06:00 登山開始
08:30 合戦小屋
10:30 燕山荘到着

08/03 (水)
03:30 起床
04:15 燕岳山頂
04:50 日の出
06:15 燕山荘出発
09:00 大天井ヒュッテ
10:50 ヒュッテ西岳、弁当タイム
11:10 ヒュッテ西岳出発
13:40 ヒュッテ大槍到着

08/04 (木)
04:00 起床
04:50 日の出
06:00 ヒュッテ大槍出発
06:40 槍の肩
07:00 槍ヶ岳山頂
07:25 下山開始
07:40 槍ヶ岳山荘
08:20 ヒュッテ大槍
08:40 ヒュッテ大槍出発
12:00 横尾山荘、昼食タイム
12:40 横尾山荘出発
14:50 かっぱ橋
16:15 上高地バスターミナル出発
21:00 新宿バスタ


5月に読んだ本

 

 

いつの話やねん、っていうね。いちおう途中までは書いてたんだけど、最後二作の感想がどうしても書けなくて、気づけば8月になってしまった。

 

11枚のとらんぷ (角川文庫)

11枚のとらんぷ (角川文庫)

 

「真敷市公民館創立20周年記念ショウ」にてトップバッターを務めることになったマジキクラブ。プラグラムに沿って11の奇術が披露されるのだが、場慣れしていないアマチュアゆえ、多くのトラブルも発生する。取り澄ました奇術師の内心の動揺、裏方のドタバタに笑いを誘われつつ気の毒になりつつ、泡坂の読者である僕たちは「これも伏線なんじゃないか」と眉に唾をつけつつ読み進めるわけだが、まさかあんな事件が起きるとは。

この小説のミソはもちろん奇術師である泡坂妻夫が奇術ミステリを書いたところにあるのだけど、テマティスムのごとく燦めく11、奇術ショウ (事件) の後に「探偵小説風な奇術解説書」である『11枚のとらんぷ』が挿まれる枠物語構造など、まさに奇術師ならではの仕組み満載の作品となっている。ましてや作中作を読めば犯人が誰か分かるというのだから、なんとも楽しいミステリ。まさに奇術を見てその種を推理するような、参加型の小説。

 

生き延びるためのラカン (木星叢書)

生き延びるためのラカン (木星叢書)

 

 

著者曰く「日本一わかりやすい」ラカン入門書。くだけた語調で基礎中の基礎である象徴界」や「想像界」、「エディプス・コンプレックス」や「鏡像段階」について教えてくれる。ラカン入門というより、精神分析学入門という感じもする。著者自ら標榜するようにいたって平易に書かれていたのにぼくはぜんぜん内容を覚えていない。ラカンどうこうより「シニフィアン」「シニフィエ」の説明がわかりやすくて有益だった。そして、何を読んでも「この終わりのない焦燥感は資本主義から来てるのか……」と思う (資本主義がダメとかいうはなしではない。) 浅田彰の『構造と力』を読んだときも宮台真司の『終わりのない日常を生きろ』を読んだときも東浩紀の『動物化するポストモダン』を読んだときもそうだった。というか、それしか印象に残っていない。けっきょく、自分が理解・共感できることだけを都合良く受容しているのかもしれない。

「すべての男はヘンタイである」という章ではさまざまなフェチが出ていておもしろかった。「ウエット&メッシー」という言葉も知らなかった。後は「転移」についての章も興味を惹かれた。恋愛においてはどの程度この転移が起こっているのだろう。

 

砂の器〈上〉 (新潮文庫)

砂の器〈上〉 (新潮文庫)

 
砂の器〈下〉 (新潮文庫)

砂の器〈下〉 (新潮文庫)

 

 

蒲田駅の操車場で男の扼殺死体が発見されるところから小説は始まる。老練刑事今西の、一昔前の刑事像そのままの地道な捜査、アームチェア・ディテクティブの真逆をいく足また足。なにせ中央線塩山駅から鳥沢駅まで線路伝いに歩く (初鹿野ー笹子間のみ電車に乗っている) のだから、その根気と執念には恐れ入る。塩山ー鳥沢間をグーグルマップで調べてみたら36.5kmと出た。完全な線路伝いのルートではないし、初鹿野ー笹子のひと駅分は電車に乗っているのだから実際は20数キロになるだろうが、それにしても炎天下の中歩く距離ではない。

読んでいていやでも想起されるのは今のサスペンスドラマで、描かれる刑事像、その捜査過程、真相への接近方法……と類似点が多い。というのはつまり、サスペンスドラマが未だに50年近く前の物語構造を持っているということになる。この前もテレビを点けたら中年刑事と若手刑事が立ち食い蕎麦を食べていて仰天した。いや、実際の刑事も立ち食い蕎麦屋に入るんかもしれんけど。それにしても、あまりにテンプレだなあ、と。

あと宮部みゆき火車』を読んだときも思ったけど、真相解明につながるヒントの見つけ方もまるで変わっていない。たいてい奥さんや子ども、偶然話しかけたひとの一言でハッとなって、「そうか……。ありがとう!」(駆け出す)「え、ありがとうって何が?」って感じ。『砂の器』でもこんな感じで糸口が見つかっていくので少々鼻白んだ。もっとも、これはサスペンスドラマがぬるま湯につかっているだけであって、清張が悪いわけではない (もしかしたらこうしたパターンの先駆である可能性もある)。

社会派小説としてはおもしろかったけど、個人的なミステリの枠には入らなかった。

 

ピーター・パン Peter Pan (ラダーシリーズ Level 1)

ピーター・パン Peter Pan (ラダーシリーズ Level 1)

 

 

やさしい英語で書かれているピーターパン。よくピーターパン症候群という言葉を耳にするわりに、そういえば原作読んでなかったなと思って買った。ディズニー映画を観たことがなく、ディズニーランドにも行ったことのない僕には多くの発見があった。「ネバーランドってピーターパンからきてたのか!」とか「フック船長とティンカーベルってピーターパンに出てくるんだ!」とか (マジです) “Cock-a-doodle-doo!” とか (何かの漫才で聞いた)。

どうしてもピーターパンよりフック船長に肩入れしてしまう。“(…) I don't want to grow up. I'm going to stay in Neverland and stay a little boy forever,”というピーターの気持ちも分かるんだけど、それよりもウェンディという母親を手に入れて嬉しそうな the lost boys のようすを見て“(…) Then we will make Wendy our mother!”と思いつくところとか、宿敵のピーターパンを殺し (たと思い込み)、その仲間も捕まえたにもかかわらず寂しいのはなぜ? と考えたときに“There are no little children to love me!”と思い当たってとても哀しくなるところとか。妖精じみたピーターパンよりもよっぽど人間味があって、喜怒哀楽が痛切に伝わってくる。彼の抱く感情は誰しもが抱く普遍的なものだと思う。もしウィンディがピーターパンよりも先にフック船長と出会っていたら、彼の母親や理解者になり得たんじゃないかなあとも思った。もっとも、これは僕の願望かもしれない。

 

未必のマクベス (ハヤカワ文庫JA)

未必のマクベス (ハヤカワ文庫JA)

 

 

ユートロニカのこちら側 (ハヤカワ文庫JA)

ユートロニカのこちら側 (ハヤカワ文庫JA)

 

 

『ピーター・パン』までの文章はだいぶ前に書いていたのだけど、『未必のマクベス』と『ユートロニカのこちら側』に関しては好きすぎるあまり、これは感想も熱を入れて書かないとな、と思って書かないでいた……ら、8月になってしまった。最近読メでもまったく感想を書いていないし、ちょっとすぐには書けそうにない。

ので、要素だけ書いておこうと思います。

 

『未必のマクベス』……5月ベスト本。IT企業で出世コースを進む主人公・中井優一が、帰国途上の澳門で「あなたは、王になって、旅に出なくてはならない」と娼婦から予言を告げられるところから物語が始まる。地の文、会話文ともに知性的で、描かれているのもビジネスの世界なのに、こんなピュアな恋愛小説はほかに読んだことがない。旅小説であり、犯罪小説であり、何よりもピュアすぎる恋愛小説。

 

『ユートロニカのこちら側』……昨年度、私的ベストに輝いた『ゲームの王国』の作者・小川哲のデビュー作。五感や位置情報など、全ての個人情報を提供する代わりにその報酬で暮らすことができる実験都市アガスティア・リゾートを舞台にした短篇集。

完璧な生活が保障されるという面では、『すばらしい新世界』のディストピア観と少し似てるかも。『ゲームの王国』ほどの突き抜けた感じはないのだけど、静かに迫り上がってくる狂気、皆が笑顔でいるが故の怖ろしさが伝わってきて読み応えがあった。

 

二作ともタイトルが秀逸すぎる。ディストピア好きなら『ユートロニカのこちら側』を、旅や恋愛小説が好きなら『未必のマクベス』を、ぜひ。

 

 

夏の二日間【奥多摩氷川キャンプ場】

 

2018年7月24日 (火)

 

9時前に家を出る。20分ほど歩いて駅に行くと、既にシャツが汗で湿っている。日中の熱射を思い、構内のコンビニでポカリを買う。

立川でKと合流。青梅線に乗り換え、久方ぶりの奥多摩へ。後で考えてみると、奥多摩に行くのは去年の盆、雲取山に登った時以来だった。

10時50分、奥多摩駅着。駅を出て左に折れ、昭和橋を渡って氷川キャンプ場へ。

受付でテン場代1600円 (1人800円) を払い、レンタル用品を受け取るために受付隣のカフェクアラへ。

カフェクアラは基本的に平日休業である。今回は事前にお願いし、特別に貸してもらえることになった。僕たちがレンタル用品を借り受けた後すぐシャッターが閉まっていたから、本当にこのためだけにスタッフがいてくれたのだと思う。感謝。

借り受けたインナーマット、BBQ台、チェア2脚を持って河原へ。

 

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平日の朝だし、だれもいないかもしれないと思っていたのだが、既に幾つか、テントが張られている。キャンプは初めてだが、場所選びが重要だということは言われずともわかる。少し悩んで、テントとテントの間の木蔭に設営することにした。

 

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前夜、散々悩んだ末、持ってきたトンカチが役に立った。河原はなかなかペグが刺さらず、場所に依ってはトンカチを以てしても手こずることもあった。

設営が終わると、もうすることは何もない。翌朝まで、ただひたすらの空白が続いているだけだ。

さて、何をしよう。

 

 

川の冷たさについて

 

河原には何もない。堪りかねる暑熱とせせらぎを除いては。都市の喧噪も、百万の眼も。

僕たちは水着に着替え、目の前の流れに足を踏み入れた。

驚かされたのは、その川水の余りの冷たさである。膝まで浸した途端、動けなくなった。「冷たい」が「痛い」と等号で結ばれたのは、実に小学生以来のことだ。祖父母の住まう福岡の、ある有名な鍾乳洞を浸す水の冷たさに僕は馴染めず、父におぶってもらったものだったが、二十五になった今、またも同じ清新な驚きが僕を刺していた。

しかしKはすぐに水中に飛び込み、その冷たさを享受していた。僕はしばらく一本の木のように固まってから、ようやく身体を川に浸した。案ずるより産むが易し。一度やってみれば、もう何のことはなかった。

川の中から見た景色は、これ以上ないくらいに夏だった。

 

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炭火の困難さと、着火剤の脱力について

 

「もう我慢できない」

とKが言った。時刻は正午を過ぎ、真夏の太陽はてっぺんに昇ろうとしていた。

僕たちは買い出しに出かけた。

近くの精肉屋でバーベキューセット2人前を買い、河原に戻る。網やトング、炭といった必需品は既に受付で借りてあった。さっそくBBQ台をセットし、火起こしに取りかかった。

しかし、炭というやつはバーベキューに欠かせないくせに、なかなか燃えてくれない。スマートフォンで効率的な火起こし方法を調べ真似してみたが、効果はなかった。ただいたずらに丸めた新聞紙だけが塵と化していくだけである。だがいったん試みた以上、着火剤に走るのは負けを認めるようで悔しい。30分ほど粘った。

「うみやちゃん、着火剤買ってきて」

「OK」

背に腹は代えられない。いや、文字通り腹が背にくっつきそうで、そうなれば背も腹も無いのかもしれないが、とにかく僕は受付に走った。

着火剤は200円だった。

炭と新聞紙の残骸の中にカレー粉のようなそれをひとかけら入れると、あっけなく火は燃えだした。さっきまで頑なにだんまりを決め込んでいた炭も、これには堪らず声を上げる。

それはあまりにもあっけない決着だった。僕等は無言のまま炭を足し、風を吹き込んだ。黙って見守る僕等の前で、火はいよいよ高くうねりだしてきた。

 

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炭火の偉大さについて

 

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風と蜩について

 

食後、例によって吐き気とめまい (というより酔い) に襲われた僕は、しばらくチェアに座ってじっとしていたが、昼頃から参上したパリピ軍団の雄叫びと大音量のBGMに追い打ちをかけられて、テントの中に引き下がった。

30分ほど眠ると、体調は落ち着いていた。Kと水切りをしたりして過ごした後、汗を流すべく温泉に向かった。

氷川キャンプ場からもえぎの湯へは、吊り橋を渡る。

 

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もえぎの湯はキャンパーや登山客御用達の温泉だ。去年はここで雲取山からの下山中、熊を見たという佐伯さんと再会したのだったなと思いつつ、内湯を通り越して露天風呂へ。ぬくめられる身体に、吹き抜ける風。山間の風は涼しい。

休憩室で、少し休む。畳の大広間には文明の風が行き渡っていた。やっぱ、文明は偉大だな。さっきまで散々自然を讃美し都会をけなしていた僕は言った。大自然の中で文明を享受するって最高だな。

僕はゆとり世代だった。

 

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温泉からの帰り道、徐々に日暮れてゆく景色の中で、何百という蜩が鳴いていた。

思えばここに来てからまだ油蝉の声を聞いていない。蜩の声に包まれていると、油蝉がなぜそう呼ばれるかがわかる気がした。あのじっとりとした鳴き声に比べて、蜩の音の、なんと清冽なことか。蝋細工のように薄く軽やかなあの羽には、日々の垢も付着できないのに違いない。

(しかし、Wikipediaに出てきた蜩は思ったよりもフツーの羽をしていた。そして思ったよりもセミ!な感じで、すぐにブラウザを閉じた)

 

 

1/f について

 

夜。

テントに吊されたランタンがひとつまたひとつと点灯していき、一面の闇の中に、仄かな灯だけが揺れている。

僕たちは大きめの石で堤を作り、そこに薪と火を点けた着火剤を入れた。

焚火をするのだ。

 

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ゆらぐ炎と、爆ぜる音。

ただ眺めているだけなのに、どうしてこうも満たされるのか。

 

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どうしてこうも旨いのか。

Kがチーズとウインナーを買い足しに行く。僕はひとり残され、茫然とチェアに座る。思い出したように薪を追加し、また虚脱。思い出したように煙草を吸い、また虚脱。

何を考えていたのか。その記憶すらも焚火はくべて、後にはただ写真と満ち足りていた感触だけが残るのみだ。

 

 

デジタルデトックスの不可能性について

 

日付が変わる。

ベースサイトはすっかり寝静まっている。

眠気がやってこないので、青空文庫アプリを開き、読みさしだった村山槐多『悪魔の舌』を読む。岡本かの子『桃のある風景』を読む。西東三鬼『秋の暮』を読む。『秋の暮』は沁みた。夏真っ盛りに読んだのに。抒情と感傷を分かつものは何だろう。自己顕示欲? 一人称との距離? すぐに感傷に落ち込んでしまう自分が目標とすべき文章かもしれない。

一首だけ短歌を作る。

寝ついて30分で目が覚める。身体が熱い。熱いのに汗が出ない。iPhone奥多摩町の気温を23℃と示している。まったく涼しさを感じない。いや、風が当たる部分は冷たいような気もするのだが、もはやよくわからない。頭が痛い。

熱中症かもしれない、と思う。

半袖半ズボンに着替え、テントを出る。チェアに座って塩飴を舐め、ポカリを飲む。いっこうに良くなる気配がない。スマホ熱中症になってしまった時の対処法を調べる。冷水に濡らしたタオルなどで手足の末端を揉むと血液が循環するらしい。水場に行って冷水で濡らしながら手先を揉む。ずっとやっているうちに、少しずつ寒さが感じられるようになってきた。チェアに戻り、ポカリを飲みながらぼーっとする。やがて寒さに身体が震え、安心してテントに戻る。Kが起きて、だいじょうぶかと聞く。こんな時でもKは優しい。カロナールを飲み、足の位置を高くして目をつぶる。

こうして夜が乗り越えられる。

  

そして今、PCを前に、デジタルデトックスの不可能性について考える。

自分はスマートフォンが嫌いだ。一時期はあえて持たない選択をし、まわりから顰蹙を買った。

今回のキャンプが、デジタルデトックスにもなればと考えていた。しかし逆に、一日でさえスマホから離れられなくなっていることを突きつけられてしまった。

買い出しに行く店を探した時、効率的な火の起こし方を調べた時、青空文庫を開いた時、熱中症の対処法を調べた時……。いや、そもそもスマホがなかったら氷川キャンプ場を見つけていないし、計画を立てることさえできなかった。

やはり、今となってはスマホ無しでは生きていけないのかもしれない。ネットワークの網から抜け出すことは、もはや不可能に近い。

 

 

夏の朝の全能感について

 

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ベースサイトの朝は早い。

7時頃にテントを起き出すと、まわりではもう朝が動いている。

Kが食パンを炙っているあいだに、レトルトカレーを湯煎する。こんがり色のついたパンにカレーをかけ、朝食が完成。しんぷるいずべすと。食後に淹れたインスタントコーヒーは、喫茶店で飲むマンデリンのフレンチローストよりもおいしい味がした。

チェックアウトは10時半である。テントを撤収する前に、最後にもう一度、川の冷たさを味わう。それから恒例の水切り。川に来ると必ずやっているのだが、いっこうにうまくならない。水切りの上手な男になりたい。

テントを畳み、受付でレンタル用品を返してキャンプ場を出てもまだ10時前である。いつの間にか空は晴れ、真夏日を予告する日射しが静かな町に降り注ぐ。僕等は奥多摩駅にもどり、電車が発車するまでのあいだ、近くの商店で土産を物色する。

 

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少ない乗客を乗せて、電車はゆっくり動き出す。まだ10時過ぎ。水曜の夕方になるときまって鬱になるKも、まだ快活だ。夏の朝は全能感に満ちている。

どこか寄って行こうか。この前話した羽村の樹樹でも行く? 福生でも寄ってく? 実現しなくてもいい。可能性があるということがうれしいのだ。これからどこでも行けるし、何でもできる、ということが。

けっきょく、僕等は河辺駅で降り、梅の湯に行く。平日の朝に温泉に浸かることの贅沢さを存分に味わいながら、この後の予定を立てる。

「髪切ってやろうか」

とKが言う。その後、いったん家に帰り、洗濯や片付けを済ませる。夕方、Kがやってきて、髪を切ってくれる。

Kと別れてから、近所の川沿いを歩く。頭ってこんなに軽いものだったのか、と驚く。夏なんだな、と思うと同時に、これで面接もだいじょうぶだな、とぼんやり考える。

煙草に火をつけながら、初めてのキャンプに思いを馳せる。幸福感と、寂しさがやってくる。なんと夏を満喫した二日間だったのだろう。来年からは、こんなふうにKと泊まりで遊ぶこともなくなるのだろうか。

コンビニ裏の薄汚れた喫煙スペースに、油蝉のじっとりした声が届く。隣町の電波塔が刺さった空は曖昧に焼け、曖昧に日が沈んでゆく。

二本目の煙草に火をつけ、スマホを見る。自然と溜息がこぼれる。半ばまで吸った煙草を灰皿に落とし、僕は家路につく。

巨人は今日も負けていた。

 

 

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4月に読んだ本

 

ふだん、読んだ本の感想は読書メーターに書いているのだけど、修士2年になると就活やら修論やらで忙しくて、という口実で、ぜんぜん書いていなかった。読んでそれきりになっていた。

ぼくはインプットが過剰になると言葉が出てこなくなる。だれかと話していても、「あの、ほらなんだっけ、あれあれ……」とおっさんみたいになるのだ。キャパオーバーということなのか、記憶にも定着しなくなる。そろそろアウトプットが必要だ。

 

というわけで、さらっと振り返る。まずは4月に読んだ本。

 

増補 虚構の時代の果て (ちくま学芸文庫)

増補 虚構の時代の果て (ちくま学芸文庫)

 

 

95年の阪神淡路大震災地下鉄サリン事件を受けて書かれた本。後者の比重が重いです。オウム真理教の解析、分析から時代の必然的推移を炙り出す。「大きな物語」以後という問題は、感覚的にはまだ解決されていないような気がします。……キリスト教の話が出てきた後半部からだんだん複雑になり、理解が怪しくなった。時代の転換点だったという連合赤軍の事件に関しては、たしか桐野夏生が小説で書いていたと思うので読んでみたい。本筋とは逸れるけど、オウム真理教のディテールが明らかになればなるほど、「『新興宗教オモイデ教』やん……」ってなった。あの小説はLeafの『雫』に着想した、というのをどっかで読んだけど、大槻ケンヂがレパートリーを加えたのか、そもそも『雫』の時点で意識されていたのか。 ←確認したら、新興宗教オモイデ教』が『雫』に着想を得たのではなく、『雫』が『新興宗教オモイデ教』からインスパイアされていた。まるっきり逆。危ないところだった。そして、『新興宗教オモイデ教』は『月刊カドカワ』に91年2月号から連載、92年には単行本が出ているので、地下鉄サリン事件よりも前に書かれていることになる。ちなみに『雫』は96年の発売。

新興宗教オモイデ教 (角川文庫)

新興宗教オモイデ教 (角川文庫)

 

表紙が丸尾末広という豪華さ。

 

潮風に流れる歌

潮風に流れる歌

 

 

たぶん、高校生のときに買って、本棚で寝かせていた (なんか熟成されそう) 本。表紙に江ノ島が描かれているように湘南、江ノ電沿線が舞台の小説で、同じクラスに属する高校生たちがそれぞれ語り手を担当する連作短編。物語の核としてはクラスの裏サイトの存在があって、そこでは日々匿名でクラスメイトの噂や誹謗中傷が書きこまれ、ターゲットにされた者は翌朝から無視されるようになる。書きこむ側と書きこまれる側双方の語り手がいることで一元的な見方に収まっていないのはよかったけど、ヒロインが相変わらず「守るべき存在」みたいに描かれていたのは気になった。説明が不十分でご都合的展開に思えてしまったところもある。……しかし、学校の裏サイトってまだ運営されているのだろうか。今こうした小説が書かれるとしたら、LINEになるのかなあ。

 

ニューロマンサー (ハヤカワ文庫SF)

ニューロマンサー (ハヤカワ文庫SF)

 

 

どうでもいいけど、電脳空間 (サイバースペース) に没入 (ジャック・イン) すると聞くとどうしてもロックマンを思い浮かべる。あれ、サイバーパンクだったのか……。

読んでいて、目の前がチカチカした。狂想曲、という形容がしっくりくる。主人公のケイスはドラッグをキメているか電脳空間に没入しているかで、後者の場合でも陶酔状態なので、どっちみちキマってる。しかも展開が早い、目まぐるしい。というわけでぼくの想像力ではついていけなかった。ディックの『ユービック』を読んだときもこんな感じだったけど、あれはいま依っている地平が崩れていく感覚、いわゆるディック感覚によって理解が確定しないがゆえの感触だったのに対して、今回はもう単純に、スピード感に置いてけぼりにされただけな気がする。

 

とにかくうちに帰ります (新潮文庫)

とにかくうちに帰ります (新潮文庫)

 

 

そういう読書のあとは、好きな作家の安心できる本を読みたくなる。というわけで『とにかくうちに帰ります』。津村さんの作品を読んでいてしみじみいいなあと思うのは、ほんとにそこらへんにいそうな (というか、いる!) ひとたちが描かれているところ。べつに悪いとまでは言えなくとも、苛々させられるひと、腹立つひとっていますよね。しかもこの場合たちが悪いのは、「こんな些細なことで腹を立てている自分が悪いのではないか……」と思わせられる点。津村作品の人物も悶々と悩みます。でも最終的に、「いやいや、やっぱあのひといまいちやって!」と腹を立ててくれる。この、最終的にちゃんと腹を立ててくれるところが好き。ぼくもよく同じような悩みにとらわれるので、安心する。悩みに悩み、「やっぱ私は腹を立てていい!」とようやく結論が出たときには相手はもういなくなっている、というのもあるあるで、こうした日常茶飯事がフツーに書けてしまう津村さんはすごいなあ、と思う。あと、あくまで「腹を立てる」だけであって、そこに他者への攻撃性がないのもいい。

……と、津村作品への思いを語っていたら肝心の小説の中身について何一つ具体的なことを書いていなかった。けどまあ、満足したからいいや。表題作では、そうしたいまいちさも残しつつ、その場その場で与えられるフツーのやさしさ (と言える世の中であればいいなあ) も描かれていて、降りしきる大雨の冷たさとはぎゃくに、あたたかさも感じました。自室のぬくもりが恋しくなる話。

 

湖底のまつり (創元推理文庫)

湖底のまつり (創元推理文庫)

 

 

同僚から性的暴行を受け、会社を辞めて旅に出た女性が、訪れた山間の村で洪水に巻き込まれ、危ないところを地元の青年に助けられる。翌朝、彼女が村の人間に自分を助けた男について尋ねると、彼はひと月前に毒殺されていて……。なんといっても、男女の邂逅を描くのがうまい。この場合、作家は細心の注意を払って二人の出会い、ともにした一夜を書かなければいけない。もしこれが凡百の出会い、セックスシーンだったならば、読者は嫌悪感に本を閉じたはず。にもかかわらず、まったくいやな感じがしないばかりか、かえって魅力的に、まさに一夜限りの特別な邂逅を情感たっぷりに、且つ洒脱に描いてみせる。しかも、このときの描写が後の展開に不可欠であり、だからこそこの一夜が特別なものになっている。

文庫の表紙もよくて、冴え冴えと冷たい霧に包まれた幻想的な緑はこの小説にぴったりだと思う。(緑で連想したが、泡坂妻夫には「赤の追想」という短編があって、ぼくはこちらもかなり好き。男女のミステリアスな邂逅という点で、『湖底のまつり』と通ずる空気感がある。『煙の殺意』所収)

ひさびさに読んだけど、やっぱり泡坂妻夫はいいなあ、と思った。

意図したわけではないんですが、ぼくの感想にはミスリードがあるかも。まあ、泡坂作品にふさわしい感想の書き方ということでお見逃しください。

 

 

以上、4月に読んだ本。いくら余裕がなかったとはいえ、大学院生として5冊しか読めてないのはやばい。

5月に読んだ本の感想も書く予定ですが、4月よりじゃっかん冊数があるし、自然と文字量が膨らんでしまうであろう大好きな2冊があるので、投稿できるのはしばらく先になりそうな気がする。とりあえず、来週の発表がんばらねば……。(就活もな!)

 

 

 

そうだ 鎖場、行こう。【岩殿山登山】

 

「最近、体調どう?」

「うーん……。前に比べたらマシにはなってきてるけど、万全ではないなあ……」

「そっか」

「うん。だからさ、……崖、行かない?」

 

16May2018 (Wed.) 

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というわけで、JR中央本線大月駅にやってきた。iPhoneの天気予報は今日が真夏日であることを伝え、僕等は駅の自販機で飲物を買い足した。

静かな朝の路地を抜け、線路を渡って少し行くと、桂川に架かる橋に出る。

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渡った先に、これから登る岩殿山が見えた。僕は2年ぶり、川井は初めての対面だ。

坂を登り、「岩殿城跡入口」と刻まれた道標のある場所から登山道に入る。

岩殿山は秀麗富嶽十二景の一つに数えられる山なので、このとおり、

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登山道から富士山が見える。ガスってて、ちょっと薄いけど。

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どうせなら富士に向けて設置すればよかったんじゃ? と思わないでもないけど、夏休みの部活を終えた後、棒アイスを食べたい感じのノスタルジックなベンチ。

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山頂にはあっという間についた。登り始めてから1時間もかからなかった。上の写真は山頂ではなくその手前の展望台から撮ったもの。ここから歩いて10分ほどで山頂に行けるのだけど、こちらは展望がなかったので割愛。

大月駅を出発したのが10時で、山頂に着いたのがだいたい11時過ぎ。普通の登山ならば山頂に着いた後は下るだけですが、今回の山行はここからが本番。

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稚児落しに行くのです。

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バリエーションルートに入った途端、本気を出してくる岩殿山

徐々に上がっていくテンション。

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スニーカーできてしまったことを後悔する川井 (登山靴を用意していたのに忘れてしまったらしい)。写真では伝わりづらいですが、写真右側は深い谷となっていて、足を滑らせたら命に関わります。

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さっきの場所を渡りきったところにあるのが最大の難関。一見地味な鎖場だけど、1箇所、足場を見つけにくい場所があって、慣れてないと怖い。僕は2度目だったので案外あっさり行けたけど、川井はけっこう戸惑っていた。見た目にはもっと派手な鎖場のある乾徳山や伊豆ヶ岳にいっしょに登ったときはここまで苦戦していなかったので、いかに岩殿山の鎖場が手強いかが判る。

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生命力の昂進を感じるぜ……

 

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無事登りきり、ほっと一息。

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新緑の季節がいちばん好きです。

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ついにきました、稚児落し。ここからは岩肌の上を歩くことになります。写真奥の隆起したところまで行くわけです。

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やってきました。すげえスペクタクル。

岩肌の上を歩くといっても道幅が極端に狭いわけでもないし、そんなに怖さもないんだけど、

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ほかの登山客が歩いてるのを見ると血の気が引きます。自分で歩くよりよっぽど怖い。(写真中央にひとの姿)

さて、時間も時間だし、せっかく眺めが良いのでここでランチタイム。

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1、乾燥キャベツを水でもどす。

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2、1に麺を入れ、茹でる。

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3、水分を飛ばした後、市販のソースと具を入れる。

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4、ペペロンチーノが完成する。

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5、食す。

パスタを山で作るという発想がなかったので新鮮だった。しかもめちゃめちゃうまい。パスタだったらラーメンと違っていろんな味付けがあるし、季節によっては具材もアレンジできる。夢が膨らむなあ。。。(何より、慢性的な体調不良でカップ麺が食べられなくなった僕としては、マジでありがたい)

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川井シェフ、ほんとありがとう。ごちそうさまでした。

幸せな山ごはんを食べて少し休んだら、後は下山だけ。軽くなった荷物がうれしい。

そして例によって、下山中の写真がほとんど無かった。たぶん、ここまでに散々スケールの大きい景色を見たので、取り立てて撮ろうという気が起こらなかったのだと思う。後は単純に疲れ。まあ、下りはカメラ持てる瞬間も限られてるし……

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登山道が終わって駅に向かう途中に見つけた石碑。二十三夜って何だろうと思って調べてみたら、旧暦の二十三日の夜に村の者同士で集まって月を待つ文化があったらしい。二十三夜は、とくに女性同士が集まることが多かったとか。いいなあ、そういうの。

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5時間ぶりの大月駅。登ったばかりの山を見ると、いつもふしぎな気持ちになる。さっきまで、自分はあの場所に立っていたのだ。こんなちっぽけな自分が、あんな山の頂に。

そういえば、某企業のESに「写真であなたを表現してください」という欄があって、僕は2年前、槍ヶ岳に登ったときの写真を選んだ。欄には写真のほかに簡単な言葉を書く欄もあって、僕はそこに、このとき大月駅のホームで思っていたのと同じようなことを書いた。恥ずかしいから詳しくは書かないが、まあ、日進月歩とかそういう感じのことだ。ただ、僕の場合はいつも暗中模索で、しかも一歩の歩幅が小さい。

「いやあ、間に合ってよかったね」

アナウンスが響き、14時47分発の高尾行電車が滑りこんでくる。

僕は最後にもういちど荒々しく露出した岩肌を見上げ、席を確保するべく、川井の後について電車に乗りこんだ。ボックスが埋まっていたので、肩を並べて目をつぶる。

軍手を忘れた手のひらに、まだ鎖の感触が残っていた。