これからのこと

ふがいない院生は空を見た

少年ジャンプみたいな結論

 

昨日から、無関係なひとにストレスを与えられる出来事が続いて萎えている。

 

いきなり不穏な書き出しですが、なぜか知らないけどこういうことが続くときがあって、まあどれも取るに足らない出来事なんですが、修論その他諸々でまいっているときはけっこう身体に (文字通り) くる。

はじまりはコメダ珈琲だった。昨朝、大学がなかった僕はコメダに陣取って修論と闘っていると、となりにきた老夫婦の、婦人の方がずっとぐちぐち店員に対する文句を言っていた。オーダーを取りに来たとき、何度も聞き返していたのが頭にきたらしい。僕はとなりで聞いていたが、いたってふつうの対応で、注文を聞き返すのはマニュアルだし、そこに文句言ってもなあ、と思いながら修論を書いていた。

ところが、店員が料理を運んでくると、婦人が声をあらげた。コメダには三通りのモーニングメニューがあるのだが、婦人が注文したのとは別のメニューが運ばれてきたらしい。店員はすぐに謝り、料理を取り替えるために席を離れかけた。すると婦人はおいうちをかけるように彼女を呼びとめ、不満をこぼし続けた。

……

そしておいうちをかけるように、深夜のコンビニ前でいきなりおばさんに話しかけられる。

僕はどうしても煙草が吸いたくなって出てきていたのだった。煙草を吸った後、コンビニでガムを買って家に帰ろうとすると笑顔のおばさんに話しかけられ、延々と親の大切さについて説かれた。

最後まで聞いてはじめてわかったのだが、彼女は来月近くで催される講演会の勧誘員だったらしい。用件もわからずaとbのたとえ話まで出して親の大切さについて語られていた僕は、さすがにいらいらし始めていた。せめて用件を言ってくれ。こうこうこういう団体のこういう講演会がいついつどこどこであるから、ぜひと。そう言ってもらえれば「はい」って言ってすぐ帰れるのに、何をこのひとはいきなりわけのわからないことを話しているんだ。親が大切? じゅうぶん知ってるわい。いやまあたしかに二十五になって学生で実家住まいであることは親不孝かもしれないけど、え、もしかして見破られてる?

五分くらい延々話を聞かされたあと、さすがに相槌もうたない僕の態度に諦めたのか、ようやく講演会の日にちと開催場所を言っておばさんは解放してくれた。家に帰ると、「よっぽどおまえが親不孝者に見えたんちゃう?」と父からいわれた。金が無いなか、誕生日プレゼントをあげたばかりなんですけどねえ! 眠っていた母からは「あんたの声で目が覚めた」と非難された。散々だ。

……

きょうはゼミの発表だった。発表は思いのほか時間がかかり、授業が終わったのは次の授業が始まる直前だった。しかし僕たちはそれに気づいていなかった。一月から一人暮らしをするSさんの部屋の写真を見てみんなで盛り上がっていると、既に教室にきていた学生から「もう授業はじまるんで早く出てってもらえます!」とキレられた。あれは完全にキレていた。「すみません」といってすばやく教室を出たが、同期が出るときにはかなり強めの舌打ちをされたらしい。まあこれは次の授業の時間になっていたことに気づかなかった僕らが悪いのだけど……。苦笑いをして、「キレてたな」「キレてたね〜」と意味のない言葉を交わしながら、僕らは校舎を出た。Kさんはめちゃくちゃ笑っていた。

……

我ながら書いていてあまりのくだらなさにあきれてくるのだが、精神的にまいってるとこういうつまらないことでも後にひく。現在胃弱に悩む僕は、殊にわかりやすく体調にでる。

でももちろんそういうヤな出来事だけじゃなくて、たとえばおととい、プラットフォームへの階段を上っていたら、後ろから「すみません、すみませーん」と男の子 (たぶん大学生) が走ってきて僕が落としていた定期入れを渡してくれたし、なによりも同期のひとたちがほんとにみんな楽しくていいひとたちで、なんで僕みたいなやつのまわりにこんないいひとたちがいるんだろう……とも思うので、ひととの巡りあわせでは恵まれているよなぁ……と思う。

僕はどうしても、わるい出来事ばかり思い出して勝手に萎える傾向があるのだけど、プラス思考にはなれないにしても、せめて客観的にみて、自分が恵まれている面にも目を向けるようにしたいと思う。最近、先行きが不安で病んでたので……。

……

話し足りないね、とKさんはいって、自分の降りる駅を見過ごして途中まできてくれた。各停に乗り換えるために僕らはホームに降り、修論への不安なり展望なりを話し合った。「修論書いてると、ひとと話さなくなるよね」「そう! だからおれ、最近ひと恋しくなって、大学行ったら必ず院生室寄ってるもん」やっぱ、一人で悩んでてもどうしようもないというか、愚痴りあえる仲間がいるって素敵なことだなあと思った。なんだこの少年ジャンプみたいな結論。やがて滑りこんできた各停に乗ると、ホームからKさんが手を振っていた。扉が閉まり、互いが見えなくなるまで。なんだこのシンデレラ・エクスプレス。なお、Kさんには付き合って七年?目の彼氏がいた。というか自分で書いていてあまりにキモいんで弁明しておくと、マジで同期はいいよねって話です。きのうから抱えていたもやもやが同期たちと話したおかげで霧散して、ちょっとハイになっていたので書きました。おしまい。(修論にもどる)

 

 

 

今はおれ25 ハマショーにはまる

 

 

ハマショーええわあ。

心酔してるandymoriは別として、サニーデイ・サービスLampなど、一般に渋谷系とかシティ・ポップといわれている音楽が好きなのですが、25になって突如ハマショーにはまりました。我ながらよくわからん。

「ラストショー」がいちばん好きなんですが、YouTubeには上がってなかった。

 

ほかに、最近はvivid undressと空気公団にはまってます。空気公団は『春愁秋思』*1というアルバムがめちゃくちゃ好きで、聴くたびに惹きこまれる。

 

 

味気ない日常でも、すてきな音楽があればそうわるくないものに思えてくるので、音楽は偉大だなあと思う。

 

 

*1:最近、唯一僕にfをもたらしてくれた。何の話やねんという方は、拙文「アーキテクチャ断想」を。

アーキテクチャ断想

 

10/30 (火) 午前、某区荒川土手

河川敷を見下ろすベンチに座り、煙草を吸う。

空は青く澄んでいて、対岸にはビルが見える。

靄が晴れた……いや、幕が上がった。ステージに立たされた僕は丸腰で、急に開けた視界にどう振る舞えばいいかわからない。

だから、何も考えず、煙草を吸っている。

 

11/18 (日) 昼、羽村市の喫茶店

ナポリタンが運ばれてきたので修論を書くのをやめて、食べ終えてからも再開せずにブログを書く。

「最近、僕にはfがない」という書き出しから始めたが、途中で行き詰まり、コーヒーを注文する。

漱石は悪名高い『文学論』の中で「文学」を「F +f」と定義している。Fは対象で、fはFによって生まれる感興だ。たとえば花Fを見る。すると美しいという感興fが生じる。「文学」はF +fで成り立っている。

よって、「fがない」とは、感興が生まれないことを意味する。まあそれは大袈裟だが、少なくともfをfictionに限っていえばそう誇張でもない。最近、小説が読めない。読みたいのに読めないのではなく、そもそも読む気にならない。街を歩いていても妄想が捗らない。なべて現実が味気ない。

 

10/30 (火) 午前、某区

「ありがとうございます。これから、どうぞよろしくお願い致します」

判子を取り出し、内定書に捺印する。

唐突に、就活が終わる。

降って湧いたような内定に、実感が湧かない。

勝手に好感を抱いていたので、雇っていただけることはとてもうれしいのだけど。

ふわふわした足取りのまま、目についた鳥居をくぐる。

5限まではだいぶ時間がある。久々に荒川でも行こうかなあと、グーグル・マップを開く。

 

11/18 (日) 午後、羽村市

最近のf不足を解消すべく、喫茶店を出てかめのこ児童公園に向かう。

CLANNAD』でたびたび登場する公園のモデルとなった場所で、作中ではメインヒロインの古河渚の自宅の目の前にあるため、最も印象的な場所の一つだ。

公園では中高生の女の子たちが遊具の上で写真を撮り合っている。インスタ映え……なのだろうか。幼い男の子と父親がゴムボールを蹴って遊び、乳母車を押した母親同士が会話する。ひとけのない端っこのベンチに腰かけ、煙草を吸う。

親指ほどの長さまで吸ってもfは立ち上がらず、『CLANNAD』の何の情景も浮かんでこない。早々に公園を後にする。シャッフルで曲をかけたらSING LIKE TALKINGの「One Day」が流れて、なんとなくいまの気分にしっくりくる。しかしfは立ちあがらない。

 

11/27 (火) 午前、地元のスタバ

まぎれもない今、という言い方は妙だが、一連の文章を書いているいま・ここ。

修論に疲れたのでこの文章を書いている。

相変わらずf不足で小説が読めない。その代わり批評がおもしろい。最近は「アーキテクチャ」ということばに凝っている。

アーキテクチャ」とは建築、社会設計、コンピュータ・システムの三つの意味があることばで*1、批評の文脈では社会設計の意味で使われることが多い。僕はここでは「場」くらいの意味で使っている。

たとえば、僕は文章を書くときはいつも外に出る。家だとなまけてしまうからだが、これも家というアーキテクチャが文章を書くのに適さないからだ、と言い直すことができる。あるいは、喫茶店アーキテクチャは文章を書くのに適している。

僕が長年ことばにしたくてもできなかった感覚、その大半はこのアーキテクチャということばで説明できるような気がする。たとえば今年の夏、僕は多摩川の川べりで本を読んでいた。うまくことばにできないのだが、なんだかそこだと読書が捗るのだ。しかもえもいわれぬ気持ち良さがあるのである。思えばこの「えもいわれぬ」気持ち良さは、川べりというアーキテクチャが生み出していたのかもしれない。川べりで読むのと家で読むの、本の内容は同じでも、読書感は大きく異なる。同じ本Fであってもそこで生まれる感興fが変化するのだ。「文学」がF +fならば、読書という行為はそれに読む場所、時間等のアーキテクチャxを加えたものなのかもしれない。

でも何が何でも川べりで読めばいいというわけではなくて、たとえば2018年ベスト1となりそうな松浦寿輝『幽・花腐し』は川べりと相性が良かったが、テッド・チャンあなたの人生の物語』は川べりよりもスタバで読んだほうが捗った。同じことは文章を書く場合でもいえるだろう。まあ、川べりで文章を書いたことはないけど。

 

10月某日  午前、自宅

もうダメだ。

詰んだ。

何にもする気になれなくて、一日中ソファに寝転んでいた。

例によって嫌なことを後回しにしていたら、あっというまに今年も残すところあと3ヶ月になった。

未だに就職先が決まっていない。意欲もない。明るい展望もない。

おれってクズだなあ、と考える。トーマス・マンが何かの短篇で「自蔑と悪徳は相養う」みたいなことを書いていたと記憶しているけど、だからって何もせずに自蔑をなくすことはできない。

じゃあ何かしろよという話だが、動くことができない。

寝転んだまま床に落ちているスマホを手に取る。

と、ちょうどそのとき、ラインがくる。

僕は仕方なしに目を通し……身体を起こし、返事を出す。

1時間後には、身だしなみを整えて電車に乗り、新宿に向かっている。

なんとなく、ここが頑張りどころだぞ、と思いながら。

 

11/27 (火) 昼、地元のスタバ(更新されたいま・ここ)

fがないので小説が読めない。当然書くこともできないのだが、あれ、手なりで書いたわりに、「10月某日」のとこ、ちょっとf感ある文章書けてね?

種明かしをすればラインは大学院の後輩からで、僕はその子にいまの内定先を紹介してもらったのだ。僕はすぐさま検索にかけ、ホームページを見てふしぎと「ここで働きたいな」と思った。といっても最初は非常勤採用だったから、もし内定をいただくことができても最終的にそこで働くことになるかどうかは分からなかったが、試験や面接を受けていく過程で、詳細は不明だが常勤採用をしていただけることになった。なんていうか、決まるときはすっと決まるというか、こういうときの最初の予感は外れないのだなと思った。「ここで働きたい」なんて思ったの初めてだったし。

しかし就職が決まって気分爽快になったかというとそうでもなくて、楽観的に見積もっても悩みの種の半分がなくなったに過ぎない。では残り半分は何かといえば、あと4単位取らなければいけない教職課程だったり、そもそも卒業が厳しいという現実がある。体調を崩して1年間も大学にろくに通えない日々が続いたため、必修科目が全然取れていない。卒業できなかったときの覚悟をしなければならない。

最悪、卒業できなくとも教育免許さえ取れれば就職はどうにかなる(保証はないが)と思いたいが、そもそも教職課程すら乗り越えられるかどうかわからない。もちろん全力を尽くしている。死ぬ気で勉強してテストを乗り越えなければならない。万が一落としたら僕は就職できず、何より内定先に多大な迷惑をかけることになってしまう。

修士論文も不安だ。期限に間に合うかどうかも不安だし、良いものに仕上げられるかどうかも不安。僕は社会人になっても何かしら文章を書いていきたいと考えている。だからこそ修論には全力を注ぎ、ひとまずの集大成であると同時に、これからも文章を書いていく上での立脚点にしたい。

相変わらず不安に押しつぶされそうでとてもケ・セラ・セラなんて嘯くことすらできない日々だけど、なんていうか、やってくしかない。

 

 

 

19年4月  教壇

に、立っていますように。

 

 

 

*1:東浩紀『「特集・アーキテクチャ」に寄せて』 (『思想地図 vol.3 特集・アーキテクチャ』所収 ) より

デクレシェンド

 

 駅のトイレで倒れてからあと少しで一年が経つ。昨九月末、友人のKとバーで一杯だけ飲んで別れた僕は下り電車が来るのを待っていたのだがアナウンスが響き電車が滑りこんできたとたん、急に具合が悪くなりぐらぐら揺れる視界でトイレに向かうも途中の廊下でホワイトアウト、タイルで埋まっていくように戦えるポケモンがいなくなったように真っ白になり、数瞬のあいだ意識を失った。激しい嘔気と個室で戦い死ぬ気で電車に乗り這々の体で帰宅したその日はまだ、悪酔いしたのだと思っていた。しかし同じことが何度か続くうちひとえにアルコールのせいとも言えなくなりそれどころか酒を入れてなくとも嘔気や眩暈に襲われるようになり家から出られなくなって内視鏡を受けたのが十二月。既に病院には行っていて逆流性食道炎胃潰瘍が疑われていたが内視鏡で分かったのはやはり食道や胃腸がぼろぼろになっているということでおまけにピロリ菌が大量発生していることも判明した。

 投薬治療により胃酸が迫り上がってくるような感じは収まりようやく嘔気と気鬱から解放されるかと思われたがいっこうに良くならず、電車や飲食店、人の多い場所に行くととたんに倒れそうになる。ふりだしにもどるとはこのことだと僕は思い、これで治ると思っていたから失望は尚更だった。あらためて自分のこの嘔気は何なのか。眩暈は何なのかと考え、エコーでもレントゲンでも内視鏡でも、新宿駅で二進も三進もいかなくなって救急車で運ばれたときの諸検査でも原因は見つからなかったし、となると残りは神経、自律神経じゃないかという考えに至った。

 それからは必ず朝八時に起き、日光を浴びるために三十分ほどの散歩、必ず三食の食事、と夜型だった生活リズムを徹底的に見直した。症状はある程度改善したが、ある程度止まりだった。七月末、もういちど市立病院に行き、父が以前お世話になった先生の診察を受けた。機能性胃腸不全だと思います、といわれた。

 自律神経じゃないか、という自分の考えはやはり遠からず当たっていたわけで、いまは若い人もかなり多いのだという。「まずは一ヶ月これを飲んでみてください」逆流性疑惑のときも飲んでいた胃腸系の薬と漢方を処方された。漢方は自律神経に働きかける薬で、はっきりといわれたわけではないが穏やかな抗不安薬と自分では理解している。漢方ゆえ即効性はないが、副作用も少ない (もしくはない)。

 薬は今まででいちばん効果があった。食べ始めや食後に必ず襲った嘔気、眩暈が徐々に弱くなり、今では自宅だとふつうに食事がとれるようになった。外食のときのしんどさもマシになってきている。

 電車やバスにも乗れるようになった。ひどいときにはホームに入ってくる電車を見ただけで目が回って吐きそうになっていたのだからすごい進歩だ。ただもう完璧にだいじょうぶというわけにはいかなくて、朝起きたときから今日は電車乗んのキツいな……という日もあるし、乗ってから気分が悪くなるときもある。むしろ大きな進歩は、気分が悪くなったときにどうにかその状態で耐えられるようになってきたということだ。以前はそうした気分に襲われるたびにこの世の終わりみたいな絶望感がのしかかりただでさえ生気のない顔を更に青ざめさせていたのだが今は、「畜生また来やがった、あーキツいなどうしよう、次の駅で降りようかな、いや、もうひと駅だけ様子見るか……」というふうに調子が悪いなりに心拍数を維持していることができる。これは電車に限らず飲食店や街に出たときも同じで、もちろん「もう無理っす」となって電車を降りたり店を出たりするときもあるのだが、嘔気が膨張して鼓動が早まって倒れそうになる……という事態はなくなった。一ヶ月の投薬が終わり、新たに二ヶ月分の薬を貰いに行ったとき先生は、「波はあると思うけどその波もだんだん穏やかになって少しずつ耐えられるようになってくるから」といった。その波の満ち引きを僕は今、比較的静かな気持ちで聞いている。

 

 

 一年に近い時間をこうした状態で過ごすと、どういったときに快調になりやすくまた不調になりやすいかが分かってくる。まず前提も前提だが、安心できる空間か否か、というのが快不快の針を左右する最も重大な要素である。たとえば家族の他だれもいない自宅は最も安心できる空間だ。この安心は「仮に気分が悪くなっても誰にも見られない」という意味だと自分では解釈している。なので人が多い空間、たとえば駅、交差点、ショッピングセンター、電車……などは今でこそへいきなものの以前は本当にしんどかった。特に電車やバスといった乗り物は最悪だ。これは「逃げられない密閉空間」だから。同じ理由でエレベーター、テスト会場などもしんどかった。

 一緒にいる人の存在も重要だ。気の置けない人物か、僕の体調が安定しないことを知っていて仮に不調になってもフォローしてくれる人物か、不興がらない人物か。一緒にいる人が自分にとって安心できる人物であればあるほど不調になりにくく、そうでないほど不調になりやすい。

 逆に、快調に導く要素はあるのか。ある。ひとつに、適度な緊張感。緊張感とは不安やストレスのことだから矛盾するようだが、まったく緊張感のない場面よりも、ある程度それが感じられる場面の方が実体験として体調が良い。たとえば登山やバイト。このブログにも書いたが僕は今月盆、友人のKと北アルプス涸沢に登った。体調が安定しない中での山荘泊は不安で一時は無理じゃないかとも思ったが行ってみると、むしろふだんよりも快活で下山した後も山に行く前より体調が良かった。バイトも同じで、山から下りた翌々日から始まった夏期講習、初日は思わず塾の扉の前でへたりこんでしまったが教室に入り、生徒二十数名を相手に話しているうちに嘔気は遠のいて朝から夕方まで授業、終わってからは教員採用試験の二次に向けた準備ととにかくハードな日々だったが、今まででいちばん調子が良かったように思う。塾には僕が唯一好感を抱いている正社員のN先生がいて、そのNさんもまた学生のころ自律神経を崩したという人だった。長らく体調を崩しているとこぼすと「自律神経?」と聞かれ驚いた僕はつい自分の症状を話してしまったのだが、Nさんはうなずいて、「電車とか、密閉して逃げられない空間つらいよね」。「そうそう!」思わず興奮してしまった。全身の凝りがほぐれるような思いだった。そのとき初めてぼくは、どうやったって言葉じゃ伝えられないということが苦しかったんだと理解した。Nさんの場合は自律神経を崩した明確な理由があった。それはここでは書かないが、時が経ってそのしこりがだんだんほぐれ、向き合えるようになったのが回復につながったという。またある程度の緊張感、やらなければいけないタスクがあったほうがかえって楽で、何かに打ちこんで自信を取り戻していくのが回復に至る道のりじゃないかなといわれた。

 Nさんにはバランスを崩す明確な出来事があった。では、僕にとっての原因は何なのだろう。漠然と思い当たるのは三つ。

 まず、将来への不安。就活もせず無為に過ごした大学四年生に、いよいよ選択を迫られた大学五年目。大学院に進学することを決断し無事合格すると不安もなりを潜め修士一年の昨年は環境の劇的な変化、目まぐるしい日々に不安も消えたかと思われたが春学期が終わりすなわち一年目の半分が過ぎ徐々に進路のことも考えなくてはいけないとなって再び不安が昂じ、それが今の症状につながっているのではないか。

 二つ目。最初に倒れるときまでの不摂生。ひどいときには三日に一度くらいのペースで終電だったし朝帰りすることも多かった。終電を逃してカラオケでオールしたその足で友人と合流し伊豆旅行に出かけたこともあった。毎日酒を飲み煙草を吸いまくっていた。あれが祟ったんじゃないか。

 最後……は、割愛。いずれにしろ大きいのは上記二つと思われる。

 

 

 今日は朝から隣の町に出かけた。本屋と図書館に行ったあとカフェに入って読みかけのテッド・チャンあなたの人生の物語』を進めようとしたが喉の異物感が消えず、それでもせめて一篇は読み終えようとしたがそんな状態ではどのみち集中できないので諦めて店を出た。バランスを崩して何がつらいか。春くらいまでは「何が」もくそもなく常時吐きそうだった。だからこれは贅沢な問いだ。つまり、快調になってきたからこそつらいことが何か選別できる。いちばんしんどいときはそもそも家から出られないしもちろん登山もバイトもできない。

 今つらいのはやはり、喫茶店に居づらくなったことだろう。なんだそんなことかと思われるかもしれないが、要は屈託なく外出できなくなったということだ。僕は喫茶店巡りが趣味で日々ネットや本で気になる店を見つけては訪れていた。コーヒーも大好きだしそこで本を読む時間も好きだ。煙草が吸えたら至福といっていい。だがかなり良くなってきている今でもノンストレスで喫茶店にいることはできない。今日のようにコーヒーを残して席を立ってしまうときもある。外出するハードル自体上がっているので遠方の喫茶店はもちろん近場の慣れ親しんだ店に行くのにも体力気力がいる。まだ何の気負いもなくコーヒー・ブレイクを楽しむというわけにはいかない。

 でも、以前の僕は本当に何のストレスもなく外出していたのだろうか。最近思うのだが、完全に何のストレスもない状態というのはあり得るのだろうか。自宅で静養する。それは限りなくストレスがゼロに近い状態かもしれないが、既に書いたようにある程度の緊張感があった方がかえって調子が良くなるし、だからこそそうした状態に身を置いていないことのストレスが存在する。では登山やバイトなどの適度な緊張感がある場面が最善かと聞かれれば、確かに具合は良くても不安感はつきまとうし、些細なキッカケで快不快のメーターは反対側に振り切れるかもしれない。じつは人には完全にノンストレスの状態なんかなくて、徹夜明けの二日酔いでも吉野家に入れたのにと「健康だった自分」として思い出される僕も、ともすれば脳裡に掠める嘔気、眩暈を抱えながら、ただそれを必要以上に意識していなかっただけではないのか。倒れる前と後とで違うのは身体の不調どうこうというより、頭痛を抱えながら吉野家に入る図々しさ、鈍感さの有無じゃないか。気分の悪さに対する耐性の幅ではないか。あるいはこの鈍感さ、耐性の喪失こそこの場合の不調といえるのかもしれない。

 

 

 以上、好不調の波とにらめっこしつつ考えていたことを文章にしてみた。書くのを忘れていたが、この好不調の波は文章の理解度と正比例する。よく鬱病になると本が読めなくなるというが、おそらくメカニズムは同じだろう。具合が悪いときはぜんぜん本が読めない。内容が頭に入らず、何度も同じ行を苛々と読むはめになる。逆に具合が良いとき、落ち着いているときはすらすら入ってくる。この一年では圧倒的に不調のときが多くてろくに本が読めず自分のあまりの理解力のなさに絶望しかけていたが、最近、また少しずつ読む速度が上がってきていて、はじめのうちはそのあまりの順調さに驚いたのだが、よくよく考えてみればそれはかつての自分の読書スピードなのだった。僕は元から決して本を読むのが速くはなくむしろ遅読だが、それでもかなりの速度感があった。この先、少しずつ頁をめくるスピードが速くなっていくのだと思うと、それだけで空が開けてくるような、明るい気持ちになる。

 

 

涸沢に登ってきた

 

お盆真っ只中の8月12日〜13日、北アルプス涸沢に行ってきました。今回はその記録です。

 

まえがき

 

同行者は、先月、奥多摩氷川キャンプ場にも一緒に行った川井くん。

 

 

じつはぼくは涸沢には去年別の友人と登っているのですが、川井とも前々から北アルプス行きたいねという話はしていて、で、「いちど涸沢に行ってみたい」とのことだったので、今回また登ることになったわけです。

 

立てた予定は11日夜のバスで上高地に行き、12日の早朝から登り始めて涸沢ヒュッテで一泊し、13日に下山して帰宅するというもの。本当はどうせ行くなら二泊して奥穂高に挑戦したかったんですが、社会人の川井は休みが限られているし、僕も僕で18日に東京都教員採用試験の二次試験が控えていてさすがに二泊する気にはなれなかったので。

 

また、僕は相変わらずお腹の不快感、喉の異物感、吐き気に悩まされていて、市立病院で診察を受けた結果、機能性胃腸障害だろうという見解に落ち着いて投薬治療を開始、少しはマシになってきていたのですが、やはり電車・バスなどの密閉して逃げられない空間、食べ始め・食後はしんどくて、体調的にも二泊できるか……という不安もあった。というか、行く前は夜行バスが不安で不安で仕方なかった。が、どうしても北アルプスに行きたかったし、川井はぼくが昨年秋に体調を崩し出してからずっと理解して身体を気遣ってくれている友達なので、そうしたことが心理的ハードルを下げてくれた。

 

もともと、ぼくは夜行バスで眠るのが苦手で、これまで体調に問題がなかったときでもろくに眠れないのが常でした。で、肩こり&寝不足による頭痛でげっそりした顔になってバスを降りるという。

なので、今回は夜行バスで出来るだけ快適に過ごせるよう、100均グッズも揃えてみました。

 

出発

 

22:25新宿バスタ発のバスに乗るため、21:40新宿南口にて集合。……のはずが、いきなり電車に乗り遅れ、10分遅れの21:50に到着。集合時間早めにしといてよかった……。

 

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さすがは盆というべきか、バスタはかなり混雑していた。(USJに行くバスとかあるんですね……)

 

22:15、乗車案内が始まり、バスに乗りこむ。ラッキーなことに、ぼくらはいちばん前の席だった。ぼくはさっそく持参した100均グッズを取り出した。

 

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エア枕、アイマスク、耳栓

 

ダイソーで売っていた。枕は空気注入型よりも元から膨らんでるやつのほうが心地良さそうだったが、グラム単位で荷物を減らしたい登山に持っていくのは無理やから……。

アイマスクは、「蒸気でホットアイマスク」を使うひとなんかもよく見かけるけど、自分はあれ苦手なので、いたってふつーのやつ。

あと、忘れずに酔い止めも。今回は酔い止めに限らず、ふだん飲んでいる薬、頭痛薬、胃腸薬と各種準備してきた。出番があるかどうかは別として、持っているのといないのとでは安心感が違う。

さて、効果はあったのか。

ありました。最初は「エア枕ないほうがかえって寝やすいんじゃないか……」と思ったりもしたけど、慣れたらフィットするし、肩が凝らない。アイマスクと耳栓も、夜行バスで気になる光と音をしっかり遮断してくれた。

 

上高地に行くさわやか信州号は談合坂SA、諏訪湖SAで二度のトイレ休憩があり、ぼくは去年も一昨年も全然眠れなくてひとりバスを降りたりしたのだが、今回は諏訪湖SAに着いたときには眠りについていて、川井は声をかけてくれたらしいが気づかなかった。それくらい、効果があった。

 

登山

 

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5:30、上高地バスターミナル到着。

トイレ、着替えを済ませ、梓川沿いを進む。

 

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河童橋でザ・上高地!な写真を撮る。曇っていて背後に聳えるはずの穂高連峰は見えない。

 

上高地から目的地の涸沢まではコースタイム6時間10分。横尾までは梓川に沿った緩やかな道を上高地→明神、明神→徳沢、徳沢→横尾と約1時間ごとにポイントを経つつ進み、横尾からは本格的な登りが3時間続きます。

 

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7:25、明神

 

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8:25、徳沢

去年は『氷壁』を読んだばかりで、徳沢や横尾に到着するたびに感動してたなあ。

 

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9:25、横尾

横尾山荘はカレーがおいしい。

さて、横尾からはいよいよ本格的な登りです。

 

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横尾は涸沢・穂高方面に行くか槍ヶ岳に行くかの分岐点でもあり、涸沢・穂高方面に行くには横尾大橋を渡ります。

 

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この日の予報は曇り時々雨。

涸沢に着くまでにどうにか持ってくれ、と願いながらの登山でしたが、やはり降ってきました。ザックにカバーをかけ、レインウェアを着込む。本降りにはならず、弱い雨が降ったり止んだりで済んだのは助かりましたが、それでも雨が降ってるとふだんの倍疲れる……。レインウェイが蒸れるのと足場が滑るのと、何より展望がないのがつらい。

登りがいよいよしんどさを増してきたのもあり、黙々と登りました。

 

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12:30、涸沢ヒュッテ到着。

まず宿泊受付を済まし、荷物を置いた後、楽しみにしていた名物のあれを注文します。

 

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涸沢といえば、おでん。

ふだんはあまりビールを飲まない川井も、疲れを癒やす味と絶景に満足そう。ぼくは今回はビールは飲みませんでしたが、やっぱここで食べるおでんは最高だなあと思いました。

なお、川井はカレーも食べていた。ぼくも去年食べたけど、超うまいよね。

 

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にしても、晴れないかなあ。。。

今回は重量カットでジェットボイルもクッカーも持ってきていないし、やることがない。与えられたスペースで布団を被り、眠る。本当は登ってすぐに眠るのは高山病対策の面から見てよろしくないのだが、つい。

涸沢は (というか徳沢あたりから) 電波もほとんど繋がらないので、スマートフォンも使わず。これぞほんとのデジタルデトックス

 

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17:15、晩ご飯。

消灯時刻は21時。今この文章を書きながら、その間何したっけ?と考えているのだが、浮かんでくるのはぼんやりとした感触ばかりで、あまり思い出せない。

でも退屈したという記憶はまったくないんだよなあ。たぶん、眠ったり外に出たり、要は何もしなかったのだと思うけど、今思い出そうとしても満たされるというか、ただ「いい時間だったなあ」と思う。

 

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夜のテントは綺麗だ。

この時、一瞬だけ空が晴れて、雲の切れ間に所狭しと燦めく星々が見えた。皆が空を見上げ、ほおっと息をつく。「あ、流れ星」という声も何度か聞こえた。ぼくは心がくすんでいるので見えなかった。

21時を少し過ぎた頃、何の前触れもなく消灯。昼間寝てしまったから寝つけないかもと思っていたが、青空文庫を閉じて目をつぶったら、あっさり眠ってしまった。登山ってすごい。

 

ちなみに、青空文庫では伊藤左千夫「奈々子」と吉田絃二郎「八月の星座」を読んだ。「奈々子」では勝手に堀辰雄の「菜穂子」みたいな話を想像していたからあっけにとられた。眠る前にこんな悲しい話を読んでしまった……と。一方、「八月の星座」はめちゃくちゃ好みだった。

 

 白い雲が岫を出る。白い国道が青田の中を一直線に南に走る。八月の太陽は耕作地を焦きつくすまでに燃えてゐる。幌馬車が倦怠い埃を立てゝ走る。父は葡萄畑に立つては幾度か馬車の喇叭に耳をそばだてる。東京の学校から帰る長男、県の中学から帰る次男と……田園の父にとつて八月は楽しい待望の季節である。
 わたしは故郷の父が、わたしの帰省を待ちあぐんで母や妹たちに隠れては、日に幾度となく停車場に出かけて行つたといふ話を思ひ出す。(…)

 

タイトルに惹かれて読んでみたけど、吉田絃二郎、全然知らなかったな……。今度、図書館で探してみよう。

  

下山

 

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4:30、点灯。

長袖の上にフリースとウインドブレーカーを着こみ、テラスに出てみる。

雲は出てはいるが、晴れている。モルゲンロートは見られるか。

 

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5:15 少しずつ赤くなってきた、か?

 

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5:30、染まった!

 

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もう黄色くなりかけてますね。ほんと、モルゲンロートは一瞬。

 

朝ご飯をいただき、歯磨きをして6:30出発。

 

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ヒュッテのロビーでは、皆がテレビの前に集まって天気予報を確認していた (写真はもう皆が出発した後)。

 

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8:35、横尾

涸沢から2時間で着いてしまった。やっぱ、下りは早いね。

 

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なんでそうなったのかは覚えていないが、ぼくがドラゴンボールをまったく知らないというので、川井からずっと、1巻から最終巻までのあらすじを教えてもらっていた。なんでもありかよ、というか、あまりに場当たり的過ぎませんか?と思った。

 

9:45、徳沢。たぶんまだサイヤ人編あたりの説明を聞いていた。

10:35、明神 (推測)、死んだはずのフリーザがまた出てきて?ってなってた。

11:20、河童橋 (推測)、お土産を買い、バスターミナルへ。

 

東京行きのバスが15時までなかったので、12:00発のバスで新島々に行き (13:06着)、松本からあずさで帰ることに。

 

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新島々から松本までは、上高地線で30分。13:26に新島々を出て、13:55に松本に着きます。 

松本に着いたら、さっそくあずさのチケットを購入。構内のお店で駅弁も買って、30分近く前ではありますが、席を確保すべくホームで並びます。

恐るべしお盆。始発駅だしまあだいじょうぶだろ、と油断していたら立つことになっていたかもしれません。松本で既に満席で、茅野を過ぎる頃には連結部から溢れたひとが通路にびっしり、という感じでした。

 

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そんな中、ぼくは釜飯を食っていた (が、途中から少し気分が怪しくなって、無理矢理眠った)。

16:57、立川着。ホームに降り立ち、あまりのひとの多さにめまいがする。たんびにぶつかりそうになりながら、階段へ。

 

こうしてぼくたちは日常に帰される。半ば強制的に。

 

あとがき

 

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夕方、煙草を吸っていると、一瞬だけ晴れ間がのぞいた。

 

いきなりですが、お金の話から。

槍ヶ岳に登ったときの記事を見直していて、抜けているなと思ったので。

今回、交通費宿泊費込みで使ったお金は約2万5千円。細かく見ていくと、

 

新宿から上高地までのバス代、 7400円

涸沢ヒュッテ宿泊代 (1泊2食)、9500円

上高地から松本 (電車・バスセットチケット)、2450円

松本から立川、5510円

その他飲み物代、土産代など

 

出発前に夜行バスグッズや携行食、薬などを買っていることを考えるとトータルで3万いってるかも。帰ってきて温泉にも入ったし。不慮の事態でもう一泊する可能性も考えると、少なくとも4万は持っていきたいところです (ぼくは松本で現金が尽きて、クレカであずさ代金を払いました……)。

 

さて、涸沢の感想を。

涸沢は今回が二回目でしたが、たとえば燕岳までの急登や表銀座縦走路に比べると、涸沢までの道のりは比較的穏やかである印象です。滑落の危険も少なく (油断は禁物ですが)、上高地からコースタイム6時間と非常に恵まれた条件だと思います。もちろん、涸沢からさらに登るとなると難易度は全然変わってきますが。

穂高連峰に包まれた地形、そこに星のように散りばめられたテント……。山の頂に立つ達成感とは別の充実感、ゆったりした時間が涸沢にはあると思います。

たった一泊しただけなのに、東京を発ってから長い時間が経ったような、そんな錯覚を起こさせる場所。槍ヶ岳とはまた違った非日常。

つぎに行くときはいつになるのか、来年は北アルプスに来られるのか。まだわかりませんが、今度は涸沢の先、奥穂高に挑戦したい。そして社会人になっても、こうやって友達と山にきて、息抜きができるような生活を送りたいなあ。

 

 

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憧れの槍ヶ岳【振り返り編】


【振り返り編】が見当たらない、というご指摘を受けて、下書きでボツにしていたのを改稿しました。槍ヶ岳登頂から二年が経過しましたが、書いている内容じたいは下山後すぐにメモしたことです。

この【振り返り編】では、初心者のぼくが実際に北アルプスに行って初めてわかったことについて書いていきます。

目次

・登山靴について

・持ち物について

・山の気候

・山荘の水事情

・山行の全行程

登山靴について

 

【準備編】で書きましたが、ぼくはこれまでちゃんとした登山靴を持っていませんでした。なので北アルプスに行く前に各ショップを見て回り、


けっきょく、このホグロフスの「ROC ICON GT」に決めました。この靴の特徴は、

 

・ローカット

・つま先部分が固い

ゴアテックス

Asics

 

といった感じです。  
2泊3日の表銀座縦走を終えてみて、本当に良い買い物をしたと思っています。ただでさえ重いザックを背負って歩くのに靴まで重かったらへたれのぼくはもっと参っていたと思うし、槍ヶ岳の穂先にアタックするときにもごつい登山靴だと足先や足裏の感覚が掴めなくて、岩場や梯子を登る際に苦労したのではないかと思います。もちろんミドルカット・ハイカットの登山靴に慣れている方はそっちでいいんだと思いますが、ふだん平たい靴ばかり履いているぼくとしては、少なくとも今回はいつもに近い感覚で履けるこの靴で良かったな、と。
また、槍ヶ岳から上高地に下るルートでは何カ所か沢を横切るところがあったり、ご来光を拝みに登った燕岳では暗くて気づかずに水溜まりに足を踏み入れてしまうことがあったので、防水って大事だなと思いました。この靴はゴアテックスなのでそうした場面でもまったく水が染みることもなく、快適でした。

持ち物について

 

いらなかったもの

カップヌードル
・今回の場合は現地の山荘で調達できたため、持って行く必要はなかった (ただし味の種類は豊富ではない)。
◦酸素缶
・結局、使わなかった。でも持っていれば気休めにはなるので、高山病が不安な人は持って行ったほうがいいかも (ぼくはたぶん次も持って行く)。

あればよかったもの

◦ウェットティッシュ
・山の上では手が洗えないシチュエーションが多いので、持っていると非常に便利。ぼくは今回同行者が持って来てくれたために助かった。
◦各種薬
・頭痛薬、胃腸薬、風邪薬など。あれば心強い。あと、登山口までのバスは山道を走るため酔いやすい人は酔い止めがあったほうがいいかも。
◦100円玉
・10枚用意したのだが、足りなかった。20枚くらいあったほうがいいかも。もっとも、100円玉でないと支払いができないというわけではないので、あくまでも「あったほうがいい」というだけではあるけれど……。
◦ストック (I字型)
・ほとんどの登山者はストックを持って来ていた。道によってはかえって邪魔になったり梯子を上り下りする際なんかはいちいちしまわないといけないので面倒かもしれないけど、あるのとないのとではだいぶ膝にくるダメージが違うと思う。お金に余裕がある方はぜひI字型ストックを。ぼくはお金に余裕がなかったのでストック無しで行った (そういえば去年T字型ストックを買ったけれど、ぜんぜん使っていない。どうせ買うならI字型にしておけばよかった)。

山の気候

山の天気は変わりやすいとは言いますが、まさにその通りでした。
少し霧が出てきた、雲が出てきたと思ったら、すぐに眺望がなくなり、雨が降り出す。
表銀座縦走路は雨風を遮るものがないため、出来るだけ晴れている、もしくは曇っている内に山荘まで到達したいところです。雷が鳴っても避ける場所がないし。
事前に天気予報を確認しておくのはもちろん、歩いているときも常に空の様子を気にかける必要があります。

山荘の水事情

 

無料で飲料水を提供しているか、していなくてもペットボトルを販売しているため、なくなって困るということはありません。ぼくは1Lの水筒と500mlペット×2を持っていき、なくなってからは水筒に補充しながら行くようにしました。

山行の全行程

 

08/01 (月) 
23:00 毎日新聞社出発

08/02 (火)
05:30 中房温泉到着
06:00 登山開始
08:30 合戦小屋
10:30 燕山荘到着

08/03 (水)
03:30 起床
04:15 燕岳山頂
04:50 日の出
06:15 燕山荘出発
09:00 大天井ヒュッテ
10:50 ヒュッテ西岳、弁当タイム
11:10 ヒュッテ西岳出発
13:40 ヒュッテ大槍到着

08/04 (木)
04:00 起床
04:50 日の出
06:00 ヒュッテ大槍出発
06:40 槍の肩
07:00 槍ヶ岳山頂
07:25 下山開始
07:40 槍ヶ岳山荘
08:20 ヒュッテ大槍
08:40 ヒュッテ大槍出発
12:00 横尾山荘、昼食タイム
12:40 横尾山荘出発
14:50 かっぱ橋
16:15 上高地バスターミナル出発
21:00 新宿バスタ


5月に読んだ本

 

 

いつの話やねん、っていうね。いちおう途中までは書いてたんだけど、最後二作の感想がどうしても書けなくて、気づけば8月になってしまった。

 

11枚のとらんぷ (角川文庫)

11枚のとらんぷ (角川文庫)

 

「真敷市公民館創立20周年記念ショウ」にてトップバッターを務めることになったマジキクラブ。プラグラムに沿って11の奇術が披露されるのだが、場慣れしていないアマチュアゆえ、多くのトラブルも発生する。取り澄ました奇術師の内心の動揺、裏方のドタバタに笑いを誘われつつ気の毒になりつつ、泡坂の読者である僕たちは「これも伏線なんじゃないか」と眉に唾をつけつつ読み進めるわけだが、まさかあんな事件が起きるとは。

この小説のミソはもちろん奇術師である泡坂妻夫が奇術ミステリを書いたところにあるのだけど、テマティスムのごとく燦めく11、奇術ショウ (事件) の後に「探偵小説風な奇術解説書」である『11枚のとらんぷ』が挿まれる枠物語構造など、まさに奇術師ならではの仕組み満載の作品となっている。ましてや作中作を読めば犯人が誰か分かるというのだから、なんとも楽しいミステリ。まさに奇術を見てその種を推理するような、参加型の小説。

 

生き延びるためのラカン (木星叢書)

生き延びるためのラカン (木星叢書)

 

 

著者曰く「日本一わかりやすい」ラカン入門書。くだけた語調で基礎中の基礎である象徴界」や「想像界」、「エディプス・コンプレックス」や「鏡像段階」について教えてくれる。ラカン入門というより、精神分析学入門という感じもする。著者自ら標榜するようにいたって平易に書かれていたのにぼくはぜんぜん内容を覚えていない。ラカンどうこうより「シニフィアン」「シニフィエ」の説明がわかりやすくて有益だった。そして、何を読んでも「この終わりのない焦燥感は資本主義から来てるのか……」と思う (資本主義がダメとかいうはなしではない。) 浅田彰の『構造と力』を読んだときも宮台真司の『終わりのない日常を生きろ』を読んだときも東浩紀の『動物化するポストモダン』を読んだときもそうだった。というか、それしか印象に残っていない。けっきょく、自分が理解・共感できることだけを都合良く受容しているのかもしれない。

「すべての男はヘンタイである」という章ではさまざまなフェチが出ていておもしろかった。「ウエット&メッシー」という言葉も知らなかった。後は「転移」についての章も興味を惹かれた。恋愛においてはどの程度この転移が起こっているのだろう。

 

砂の器〈上〉 (新潮文庫)

砂の器〈上〉 (新潮文庫)

 
砂の器〈下〉 (新潮文庫)

砂の器〈下〉 (新潮文庫)

 

 

蒲田駅の操車場で男の扼殺死体が発見されるところから小説は始まる。老練刑事今西の、一昔前の刑事像そのままの地道な捜査、アームチェア・ディテクティブの真逆をいく足また足。なにせ中央線塩山駅から鳥沢駅まで線路伝いに歩く (初鹿野ー笹子間のみ電車に乗っている) のだから、その根気と執念には恐れ入る。塩山ー鳥沢間をグーグルマップで調べてみたら36.5kmと出た。完全な線路伝いのルートではないし、初鹿野ー笹子のひと駅分は電車に乗っているのだから実際は20数キロになるだろうが、それにしても炎天下の中歩く距離ではない。

読んでいていやでも想起されるのは今のサスペンスドラマで、描かれる刑事像、その捜査過程、真相への接近方法……と類似点が多い。というのはつまり、サスペンスドラマが未だに50年近く前の物語構造を持っているということになる。この前もテレビを点けたら中年刑事と若手刑事が立ち食い蕎麦を食べていて仰天した。いや、実際の刑事も立ち食い蕎麦屋に入るんかもしれんけど。それにしても、あまりにテンプレだなあ、と。

あと宮部みゆき火車』を読んだときも思ったけど、真相解明につながるヒントの見つけ方もまるで変わっていない。たいてい奥さんや子ども、偶然話しかけたひとの一言でハッとなって、「そうか……。ありがとう!」(駆け出す)「え、ありがとうって何が?」って感じ。『砂の器』でもこんな感じで糸口が見つかっていくので少々鼻白んだ。もっとも、これはサスペンスドラマがぬるま湯につかっているだけであって、清張が悪いわけではない (もしかしたらこうしたパターンの先駆である可能性もある)。

社会派小説としてはおもしろかったけど、個人的なミステリの枠には入らなかった。

 

ピーター・パン Peter Pan (ラダーシリーズ Level 1)

ピーター・パン Peter Pan (ラダーシリーズ Level 1)

 

 

やさしい英語で書かれているピーターパン。よくピーターパン症候群という言葉を耳にするわりに、そういえば原作読んでなかったなと思って買った。ディズニー映画を観たことがなく、ディズニーランドにも行ったことのない僕には多くの発見があった。「ネバーランドってピーターパンからきてたのか!」とか「フック船長とティンカーベルってピーターパンに出てくるんだ!」とか (マジです) “Cock-a-doodle-doo!” とか (何かの漫才で聞いた)。

どうしてもピーターパンよりフック船長に肩入れしてしまう。“(…) I don't want to grow up. I'm going to stay in Neverland and stay a little boy forever,”というピーターの気持ちも分かるんだけど、それよりもウェンディという母親を手に入れて嬉しそうな the lost boys のようすを見て“(…) Then we will make Wendy our mother!”と思いつくところとか、宿敵のピーターパンを殺し (たと思い込み)、その仲間も捕まえたにもかかわらず寂しいのはなぜ? と考えたときに“There are no little children to love me!”と思い当たってとても哀しくなるところとか。妖精じみたピーターパンよりもよっぽど人間味があって、喜怒哀楽が痛切に伝わってくる。彼の抱く感情は誰しもが抱く普遍的なものだと思う。もしウィンディがピーターパンよりも先にフック船長と出会っていたら、彼の母親や理解者になり得たんじゃないかなあとも思った。もっとも、これは僕の願望かもしれない。

 

未必のマクベス (ハヤカワ文庫JA)

未必のマクベス (ハヤカワ文庫JA)

 

 

ユートロニカのこちら側 (ハヤカワ文庫JA)

ユートロニカのこちら側 (ハヤカワ文庫JA)

 

 

『ピーター・パン』までの文章はだいぶ前に書いていたのだけど、『未必のマクベス』と『ユートロニカのこちら側』に関しては好きすぎるあまり、これは感想も熱を入れて書かないとな、と思って書かないでいた……ら、8月になってしまった。最近読メでもまったく感想を書いていないし、ちょっとすぐには書けそうにない。

ので、要素だけ書いておこうと思います。

 

『未必のマクベス』……5月ベスト本。IT企業で出世コースを進む主人公・中井優一が、帰国途上の澳門で「あなたは、王になって、旅に出なくてはならない」と娼婦から予言を告げられるところから物語が始まる。地の文、会話文ともに知性的で、描かれているのもビジネスの世界なのに、こんなピュアな恋愛小説はほかに読んだことがない。旅小説であり、犯罪小説であり、何よりもピュアすぎる恋愛小説。

 

『ユートロニカのこちら側』……昨年度、私的ベストに輝いた『ゲームの王国』の作者・小川哲のデビュー作。五感や位置情報など、全ての個人情報を提供する代わりにその報酬で暮らすことができる実験都市アガスティア・リゾートを舞台にした短篇集。

完璧な生活が保障されるという面では、『すばらしい新世界』のディストピア観と少し似てるかも。『ゲームの王国』ほどの突き抜けた感じはないのだけど、静かに迫り上がってくる狂気、皆が笑顔でいるが故の怖ろしさが伝わってきて読み応えがあった。

 

二作ともタイトルが秀逸すぎる。ディストピア好きなら『ユートロニカのこちら側』を、旅や恋愛小説が好きなら『未必のマクベス』を、ぜひ。